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ここまでならよかった。だがヘタレ兄はとにかく自信がないのか、当日ボリスにこっそりついてきて欲しいと言い出したのだ。何かあったときのフォローに。
何が悲しくて他人のデートをこっそり盗み見るような事をしなければならないのか。そう言ったら、「そっちはフェオドールくんとデートしたらいいよ」と言われ…………乗ってしまった。
「こちら、建国祭記念デザートセットです」
「わぁ…………ボリス見て! 美味しそう」
「確かに可愛いよね」
フェオドールの前に出された皿には苺とメレンゲで作られた雪だるま、チョコレートで作られたお家、飴菓子の薔薇に、切り株を模して作られたブッシュドノエルがある。それらは薄らと粉砂糖の化粧をしていて、とても可愛らしいものだ。
一方ボリスの前には綺麗な正方形に小さな薔薇の砂糖菓子を乗せたガトーオペラがある。
「ボリスって、甘いの苦手だったか?」
ブッシュドノエルを一口大にしたフェオドールが問いかけるのに、ボリスは苦笑した。
「そういうわけじゃないけれど、食べ飽きるっていうか。苦い系の方が進むんだ」
「それ、苦手って言うんじゃないのか?」
そうなのかな? まぁ、確かに好んで食べるわけではないから、そうなのかもしれない。
「……今度、ガトーショコラ作ってみる」
一人で生活できるように頑張っているフェオドールは、最近料理の腕前も上げてきた。泊まりに行くと夕飯に色んな料理が出てくるようになって、キッチンには手書きのレシピ集が置かれるようになった。
「じゃ、今度期待しておく」
徐々に成長していくフェオドールがなんだか眩しいような、置いて行かれてしまいそうな、そんなちょっと苦い気持ちも含んだ笑みで、ボリスは目の前のケーキに口をつけた。
その後、あまりぴったりとついて行くと怪しまれるということでボリスはフェオドールを誘って建国祭の市を訪れた。美術館の側の公園にはいくつもの小さな出店が出ていて、ハンドメイドのお菓子や小物、アクセサリーや飾りが売っている。
フェオドールは案外こういう場所が好きなようで、目を輝かせている。
「帝国の建国祭は本当に煌びやかだな。こっちの飾り、キラキラして綺麗だ」
「好きだね、フェオドール」
「だって、見ているだけでワクワクしないか?」
白いコートを着た彼のほうが、よほどキラキラしてみえる。雪の精だってできそうな、透き通る肌の色と綺麗な髪。
未だにこの子が自分の恋人だなんて、信じられない時がある。
「ボリス?」
「なに?」
「何を考えているんだ」
「ん? フェオは可愛いなって」
「な!」
からかうように言ったボリスに、フェオドールは顔を赤くしてそっぽを向く。照れ顔、見たいかも。
「ねぇ、その顔見せてよ」
「嫌だ」
「可愛いよ」
「いーやーだー!」
頑なに振り向かないフェオドールだけれど、どんな顔してるかなんてバレバレ。だって、耳まで赤くなっているから。
「ごめん、拗ねないでよ。ほら、マーケット見るんでしょ?」
「うっ……顔、見るなよ」
「はいはい」
隣に並んだボリスはこっそりと横目でフェオドールを見る。やっぱり、ちょっとムスッとしながらも頬が赤い。その意地っ張りな顔、好きなんだけれどな。
フェオドールはあちこちの店を覗いては考え、綺麗な飾りやクッキーを買っている。楽しそうな顔をして、ちょっと無邪気。クシュナートにいた時はこんな顔なんて、想像できなかった。
「ボリス、こっち!」
「ん? なに?」
「これ、可愛くないか?」
頬を愛らしく紅潮させながら手招きをするフェオドールの側に行く。そこは手作りの陶器を売る店で、フェオドールは素朴な白い陶器を指さしている。
よく見ると側面に二匹の猫のシルエットが、浮き彫りになって寄り添っている。
「これ、買わないか?」
「フェオドールの家に?」
「うん。私の家でお茶を飲むときに、ペアのが欲しいなって……だめかな?」
上目遣いにこちらを伺うフェオドールのくりっとした目。多分無意識だろうけれど、ずるいな。これで「ダメ?」なんて言われてダメなんて言える恋人、いないでしょ。
「いいよ」
「本当に! やった!」
「俺が出そうか?」
「いや、これは私が払う。建国祭の贈り物に」
すっかり買い物にも慣れた手つきでペアのティーカップを店主に差し出すフェオドールを、ボリスはなんだかとても眩しく見てしまった。
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