ミスコンその後とその結果

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★ダレン・ヘインズ編  ダレン・ヘインズ、十九歳。  実家は中央通りで大衆食堂をしている。量の多さと味の確かさ、一品から頼めるということでそこそこ忙しい。  父が料理人で実家が食堂だから、自分も料理人になることに一切の疑問を持っていない。むしろならないのがおかしいと思っている。  実家を手伝い、成人後も実家で料理をしていたダレンに運命が降ってきたのは、今から三年ほど前の事だった。  その日も厨房で料理を作り、落ち着いてきたので皿を片付けていた。 「ダレンくん、お疲れ様。洗い物は私がやるから、夜まで休んでいいわよ」 「あぁ、いえ。俺、若いのでまだ平気です」  明るい声と人好きのする笑みでそう言ってくれたのは、ここでもう長く働いてくれているケイトという女性だ。年は亡くなった母と同じくらいか。  この女性と父はひっそりと交際している。母が亡くなって随分経つ。父ももう操を立てなくてもいいだろうと思うのだが、まだこそこそしている。  ケイトにも亡くなった旦那さんとの間に子供があるようだが、今は家を出ているのだと言っていた。  夜の仕込みまでの数時間は穏やかだ。皿を洗っている間にケイトがお茶を淹れてくれる。 「どうぞ」 「有難う、ございます」  そう言ってお茶を受け取った時、表のドアがコンコンと叩かれる。 「俺が」 「大丈夫よ、休んでて」  パッと立ち上がったケイトが表に出ると、「あら!」という声を上げる。何事かと厨房から表を見ると、長身の綺麗な青年が親しげにケイトと話していた。 「お袋、先週誕生日だっただろ? 俺忙しくてお祝いできなかったから」 「あら、いいのよそんな。今は大丈夫なの?」 「平気だよ。今月は街警で、今は昼休みだから。あと、これ」  彼は懐から小さな箱を取り出す。それを受け取ったケイトはとても嬉しそうだ。  「お袋」と呼んでいるし、見た目も面影がある。息子……か。  なんだか目が離せなかった。爽やかで、キラキラしていて、かっこいいと思う。  これが、ダレンが初めてミックを見た印象だった。 「それにしても、なんだか妙な感じがするな。新年に家族で顔合わせって話になってたから。その相手とここで偶然なんて」 「俺も、そう聞いています」  偶然ではない。店には騎士団の人が結構来る。その中に、ジェイクもいた。彼はちょいちょい来ては父と話をする仲だ。  そこで親父にそれとなく、料理修業の話を出した。そして父経由でジェイクに話がゆき、料理府の試験を受けてここに入ったのだ。  失敗したと思う時もあるくらい過酷だが、ここでやっていけたらどこに行っても大丈夫だという自信もついた。何より勉強になる。  そしてもう一つ、ミックを見つける事ができる。  彼の声は直ぐに聞き分けられた。厨房の奥からその声を聞くと目を向け、笑顔を見て満足している日々。そう、それでよかったのだ。  多分、この日までは……  不意に手が前髪に触れる。それに、ダレンは無表情なまま体を反らした。これは嫌なのではなく驚いての反応なのだが……目の前のミックはなんだか申し訳ない顔をして手を引っ込めてしまった。 「ごめん、驚かせて。髪に小さなゴミがついていたから」 「あ……ぁ、すみません」  心臓がドキドキしている。見ているだけで良かった相手が、触れてきた。しかもよく考えれば今、もの凄く近い!(そして二人とも女装)  どうしよう。どうしたらいい? 心臓ドキドキしていて頭クラクラしそうだ。一気に緊張してきた。  でもこのパニック、ダレンの表情には一切響いていない。まるで表情筋が死んでいるようだ。 「あの……もしかして、あまり馴れ馴れしくされるの、嫌い?」 「え? あっ、いや……」 「嫌だったら言って。騎兵府ってなんか、凄く仲間内でも距離感近くて麻痺してる可能性があって。前に昔の友達にあってこれやったら、近いって言われて。こういうの、気にするよな?」  むしろもう少し近づいてくれたら昇天すると思うのですが。  全ては顔に出ない。目か? この目が悪いのか? 見ているだけで睨まれているとか、目つきがとか言われるのだ。仕方が無いだろ、日常生活に支障のないレベルで目が悪いのだから。疲れると眉間に皺が寄るのだ。 「あ……えっと……。それにしてもさ! ミスコンの参加者のレベル高くて驚くよな! ランバート様なんて声まで変えられるなんて、凄いよ!」 「あぁ、はい」  美人揃いなのは知っていたが、少々大人げなくも感じた。いや、これは負け犬の遠吠えなのだろう。皆がベストを尽くして欲しい物を掴みに行ったのだ。負けるということは、努力が足りなかったのだ。  今度はベストを尽くさねば(女装の) 「女装コンテストの景品をお袋に、なんて思ってたけれど。多分、ダメだよな」 「そうですね」 「……結婚祝いとか、考えてる?」  少し声を落としたミックが問いかけてくる。距離がまた近づいて、ドキドキして破裂しそうだ。もう少しだけ距離を……  でも、秘密の話だ。家族の……家族の! 「ダレン?」 「……あの、食事とかいいと思います」  ダメだ、緊張で目が見られない。  視線を逸らすダレンに、ミックは少し寂しそうに距離を置いた。 「食事か……俺の給料でも招待出来る場所、探して二人で行ってもらおうかな」 「え?」  そういうことなら、俺も協力したい。  思っても声が上手く出ないくらい緊張している。どうしようか。 「まぁ、ちょっと情報集めてみるわ。えっと、顔合わせは二日だったよな?」  なんか、会話が終わりに近づいている。これだけ話せなければ当然の流れだ。でも、もう少し側にいて欲しいとも思う。 「あの」 「ん?」 「ジェイクさんに、聞いてみます。食べ歩きが趣味と、言っていました。あと、予算は俺も出します」 「え! でも、二年目ってまだ給料厳しいだろ? 俺だって厳しかったと思うし。今も四年目だけど、贅沢が出来るほどではないし」 「それでも、一緒に出したいです」  これを口実に、また会って会話ができるだろうか。  そんな思惑もあるダレンに、ミックは気づかないのだろう。少し考えてから、申し訳なさそうに笑った。 「有難う。じゃあ、少しだけ」 「! はい」  この時、僅かだがダレンの口角は自然な感じで持ち上がったのだった。
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