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★リカルド・ビセット編
ミスコンが終わって壇上を降りると、途端に隊員達が近づいてきてぐるりと囲まれてしまった。
「リカルド先生! 俺、なんだか熱っぽいです」
「え?」
「俺は胸が苦しくて」
「あの、それはエリオット先生に……」
「俺は頭がいっぱいで痛いです!」
「それはまた違う先生で……」
どうしたらいいのか分からず、とにかくオロオロしている。近づいてくる隊員は見たところ具合が悪そうには見えない。顔色は普通……というか、むしろ血色が良く思える。
だが、当人達からの訴えを無下にしては医師はできない。
「あの、では医務室に……」
そう言いかけた時、人垣をかき分けてきたチェスターが前に出て、リカルドの胸に飛び込んできた。
「この人は俺のだ! あっち行けよ!」
「!」
もの凄く必死な目をしていて、ギュッと抱きしめてくる腕がとても愛しく思える。開いている背中に触れる手の熱さに、ドキドキしてしまう。
「そんなの決まってないだろ、チェスター!」
「そうだぞ! 先生はみんなのだ!」
「ちがーう! 先生は俺と付き合ってるんだ!」
……そういえば、宿舎の中では彼がリカルドの部屋を訪れるのが常。食事も時間帯が合わないので一緒にはしていない。二人で出かけるときも隊員の少ない時間帯にいつもなる。(前日激しくて早起きができない)
チェスターはなおも必死にしている。柴犬の耳がひょこひょこしていて、とても可愛い。
リカルドは微笑んで、必死なチェスターの顔に触れてやんわりと唇を塞いだ。
「先生!!」
「マジか!!」
周囲がどよめき、頭を抱えて崩れ落ちて涙する者もある。
その中で、腕の中の可愛い柴犬は目をパチパチさせて赤くなっていた。
「はい。私は貴方のものですよ、チェスター」
「……勿論!」
力強い言葉にリカルドは微笑む。そのままチェスターに手を引かれるまま人垣を越えたが、彼らはもうなにも言わずひたすら涙を流していた。
チェスターが連れてきてくれたのは、会場を出た所にある休憩スペース。そこは人気もなくて、とてもひっそりとしていた。
「もぉ、やっぱりだ」
「やっぱり?」
「先生の魅力がバレたぁ」
嘆くチェスターが頭を抱えている。柴犬の苦悩、ちょっと可愛い。
「そんなに心配しないでください」
「するよ! さっきの見たでしょ」
心配するチェスターには申し訳無いが、本当に心配なんて無用なのだ。
リカルドはにっこりと笑い、むくれ顔の頬にキスをする。ほんのりと、口紅の跡がついた。
「私は貴方と決めています。それだけは揺るぎません。例えどんな人が私に言い寄っても、私は貴方を選びますから」
「……もう、ずるいよ」
ぽふっと、作り物の胸に顔を埋めるチェスターの頭を撫でている。柔らかい感じの髪が心地よい。
「……似合ってるよ、リカルド。凄く綺麗で、驚いた」
「有難うございます。貴方も似合っていますよ、チェスター」
「先生、飼ってくれる?」
「おや、情けない。そこは一緒に来いくらい言わないと」
「……勿論、それも考えてるよ」
思わぬ言葉に目をパチリ。リカルドの心臓は思ったよりも大きく鳴った。
故郷を追われ、母と二人で人目を避けるように逃げ続け、恩師に出会い、死に別れ。世を捨てるはずだった自分が、もしかしたらまた家族を得られるかもしれない。
こんな忌み嫌われる目を持ちながら、それを知りながら、受け入れてくれる人がいる。
「リカルド? え! リカルドどうして泣くの!」
気づいたら、頬が濡れていた。流れて涙を拭って、リカルドは幸せな笑みを浮かべた。
「貴方が私の恋人で……伴侶で良かった」
失ったものを与えてくれる人が貴方で、良かった……
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