デート大作戦2(ボリス×フェオドール)

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デート大作戦2(ボリス×フェオドール)

 夜、オルトンが予約しているレストランに少し遅れて入ったフェオドールとボリスは近い席についた。  なかなかシックで雰囲気のいい店で、ピアノの生演奏が恋人達の夜を演出しているようだ。  当然カップルが多く、フェオドールは少し落ち着かない。男女のカップルばかりの店内に男同士のカップルが入るのだ。気後れくらいしてしまう。 「大丈夫、堂々としていなよ」 「うっ、うん」  席につき、事前に予約していたコースが出される。食前酒とオードブルは建国祭カラーである白と赤と緑が鮮やかな一皿。サーモンのカルパッチョ、トマトとズッキーニのコンソメゼリー寄せ、ホタテのバターソテー、アスパラ添え。  久しぶりにこんなしっかりとした前菜を見た気がする。自国にいた時は普通だったが、帝国に来てからは清貧な生活が続いている。もとより贅沢な生活がしたかったわけではないので構わなかったのだ。 「どうしたの? 美味しいよ」 「あぁ、うん! なんか、久しぶりに前菜だなと」 「ふっ、なにそれ。フェオ、君王族だよね?」 「そうだけど! 帝国来てからはこういうレストラン、入る事なかったんだ」  少し拗ねて言うと、目の前のボリスはなんだか申し訳なさそうに笑う。 「今度また、連れてきてあげるよ」 「いいよ」 「特別な日に、ね?」 「……そういうことなら」  綺麗に飾り付けられたサーモンを綺麗な所作で口に運ぶ。程よい塩加減とオイルの美味しさが口に広がって、とても幸せに思えた。  見るとオルトンは噂の女性と楽しそうにしている。相手の女性も落ち着いた様子で笑っている気がする。少し離れていたけれど、十分に楽しめたみたいでほっとした。  そもそも今回の話をボリスからされた時、フェオドールは気が進まなくて断ったのだ。なんだかこそこそと盗み見をしているようで。例えオルトンがついてきてと頼んだのだとしても、相手の女性はいい気がしないだろうと。  けれどその時、ボリスは「これを理由に俺達もデートしよう」と言ってくれた。その甘い響きに、どうしても勝てなかったのだ。 「上手くいってそう」 「だね。ヘタレ兄にしたら上出来だよ」  あまり視線を向けないまま穏やかに話す。前菜が終わり、スープへ。カブのポタージュはカブの優しい甘みとベーコンの僅かな塩み。そしてクリームの滑らかな舌触りが心地よく思う。  ポアソンは鯛を使ったポワレ。白ワインと野菜の味がしみ出したスープが絶品だ。ホタテの上に程よい鯛が乗り、黄金色のスープが彩っている。 「美味しい」 「クシュナートは魚が多いんだっけ」 「うん。外海に向かって港があるし、川魚も。この季節はサーモンが多いかな。塩漬けして干して、保存食にもしてる」  しょっぱいけれど塩みを抜いて料理すると、これがまた美味しい。  そんな事を言っていると、ほんの少し食べたくなってきてしまう。  そういえば、手紙のやり取りはしても帰っていないのだ。 「……もしかして、帰りたくなった?」 「え?」 「国に。王様にも会いたいでしょ」  何でもない様子でボリスは言うけれど、そう簡単には帰れない。一応事件を起こして国を出てきた身だし、なかなか帰るとは言い出しにくいのだ。  それに、帝国にはボリスがいる。まだ、帰るつもりはない。 「いいんだ、私は」 「どうして? 成長した姿、見せたいとか思わないの?」 「それは思うけれど。成長したならむしろ、今は我慢する。五年経てばリシャールの王太子就任の祝いに一度戻る事になっている。その時に、兄上を驚かせるんだ」  まだ一年だ、早すぎる。もっともっと成長して、大人になって、兄を驚かせたい。そしてその時に、帝国との外交官として両国を行き来するという夢を、兄アルヌールに話したいのだ。  目の前に、口直しのソルベが置かれる。リンゴのソルベはさっぱりとしていながらもリンゴ本来の甘さと酸味が丁度良く感じた。  メインのアントレは牛ヒレ肉の赤ワインソース。伝統的かつ普遍的な一品だ。 「あっちはもうデザートだね」  一足先に入っていたオルトン達はもうデザートに突入している。心なしかオルトンの様子がおかしい。妙に落ち着かなくてそわそわしている。それに気づいている女性は、ちょっと首を傾げている。 「うわぁ、下手くそ。こういう所が決めきれないんだよな、兄貴」 「そう言わないでよ。やっぱりさ、緊張するもんなんだよ、きっと」  自分も、もしボリスにプロポーズされたら……考えただけで心臓が口から飛び出そう! 「あっ、立ち上がった」  ボリスの気のない言葉に視線を向けると、オルトンは席を立ち上がり小さな箱から指輪を取り出す。それに、女性はとても驚いた様子だった。  上手くいくだろうか。上手くいって欲しい。あんなに必死なのだから、どうか!  フェオドールまで祈るような気持ちでいると、女性はほんのりと赤くなりながらも右手を差し出す。途端、オルトンはパッと表情を明るくして彼女の薬指に指輪をはめた。そして感極まってちょっと泣いていて、女性がハンカチを差し出している。 「まっ、めでたしかな」 「素敵だね」 「そう? もう少しスマートに出来ればいいのにさ」 「そうかな?」 「例えば、こんな風にさ」  そう言ったボリスは上着のポケットから、一つの小さな箱を出してフェオドールの前に差し出す。それを開けると、中から小さな指輪が出てきた。 「え…………っ!」  細身のシンプルなリングはつるんとしていて、なんだか特別光っている気がする。鮮やかで明るいオリーブ色の宝石が、キラキラしている。  オロオロしてしまう。これは、つまり、そういう意味の指輪でいいのだろうか。 「あっ、あの! これ……は……」 「あれ、いらないの?」 「いる! いや、そうじゃなくて、これ」 「あはは、いい顔。驚いた君の顔って、俺とても好きだよ」  楽しそうに笑うボリスが指輪を手にして、フェオドールの右の薬指にはめる。どうして分かるのか、ぴったりだ。 「俺からの、建国祭の贈り物。お返しは、『はい』か『イエス』でお願いね」 「それ、どっちも同じじゃないか」  言いながら笑って、涙がぽろぽろこぼれた。その頬を手で拭うボリスが優しい顔で笑っている。 「もぉ、泣く子は嫌いだって言ってるじゃないか」 「これうれし泣きだから、いいじゃんか」  だって、胸の中が一杯で溢れてくるんだ。嬉しくて嬉しくて……幸せで、たまらないんだ。飛び上がるほど嬉しくて、色んな思いでグチャグチャなんだ。 「まぁ、嬉しいなら仕方がないね」 「ボリスぅ」 「今度、一度帰ろうよ。王様にそれ、見せびらかしたいし。それに正式に、君をもらい受けるって言わなきゃだし」 「う、ん。帰る。暖かくなったら、手紙送るよぉ」 「それ、こっちに来るって言わない?」  苦笑するボリスは、それでもどっしり構えてくれている。右手の薬指でキラキラ光る指輪が、今日からフェオドールの宝物になった。
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