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★ベリアンス・ヴァイツ編
壇上から降りてくると直ぐに、アルフォンスがいることに気づいた。
やっぱり、目はとても怒っているように見える。それを直視することが出来ずに、ベリアンスは顔を俯けた。
「ベリアンス」
「あの……」
「……少し、話をしよう」
「……(こくん)」
手を引かれ、いったん会場の外に出て、連れてこられたのはベリアンスの部屋。ドアを開けるとアルフォンスはベリアンスをベッドに座らせ、正面からギュッと抱きしめた。
「!」
「心配をさせないでくれ」
とても苦しそうに言われて、怒られると思った時よりも胸が痛んだ。こみ上げるような感情に言葉が詰まって出てこなくて、ベリアンスは代わりにアルフォンスの背中を握った。
「今はまだ、誰も君の魅力に気づいていなかった。隊の仲間として受け入れられていく姿は穏やかに見守っていられる。だが……欲を向けられる君を見守る事はできないんだ」
逞しい腕が離さないようにと強く抱きしめてくる。思いが流れてくると、ベリアンスも苦しくなってくる。未だに不可解な恋愛という感情は、ベリアンスをいつも押し流そうとする。
「男として、器の小ささを見せるようで恥ずかしいが、だが……俺は君を誰にも渡したくはないんだ。色目で見られることすら、許せなくなってしまいそうなんだ」
「すまない、アルフォンス。俺は……」
優しい恋人が、悲しんでいる。
けれどベリアンスだってこの大会に出ることには悩んだ。そして、確かな思いがあったのだ。
伝えなければいけないと思った。ちゃんと話せば分かってくれると信じている。
ベリアンスは背中の手を離して、アルフォンスを真っ直ぐに見た。
「俺は、この大会に出たかったんだ」
「どうしてだい?」
「……一緒に、でかけられるようになったのは、嬉しい。だが俺は何も持たない。全てをアルフォンスに払わせてしまう事が、心苦しくてたまらなかった」
素直に伝えると、アルフォンスはとても驚いた顔をして、その後は少し俯いた。
「お前の優しさは知っている。気にするなと言うのかもしれない。けれど俺は! 俺は、心苦しいんだ。受けてばかりだから、返したいと思う。一方的に与えられるばかりでは、いけないとも思う。だから今回、この手でつかみ取ったものをアルフォンスに贈りたかったんだ」
胸元に縋るように腕を伸ばして掴んだ。その顔を見上げると、アルフォンスはどこか申し訳なさそうな顔をする。
何か、この想いは間違いだったのだろうか。受けたものを返したいというのは、ダメなのだろうか。
困惑が広がっていくようで不安で、ひどく気持ちが落ち込んでいく。気持ちに振り回されるというのはこんなにも難しくて、疲れるのだろうか。不安に押しつぶされそうになるのだろうか。
恋はそれほどに、難しいのだろうか。
「……すまない、勝手をして。迷惑」
「違う! あっ、すまない。大きな声を出して」
顔を上げたアルフォンスが、狼狽えて見える。見たことのない姿に目をパチパチとしていると、彼はなんだか恥ずかしそうに笑った。
「いや、ほどほど自分の小ささを知ったというか。情けない気持ちになってしまった」
「情けない? アルフォンスはいつも俺を助けてくれて、大人で、情けない事などない」
「……そんな事はない。現に俺は、君のそうした気持ちに気づいてやれなかった。合図は送っていただろうに、受け取れていなかった」
ベリアンスは首を傾げる。合図を、送っていただろうか。自分でもよく分からない。
「俺は、君と過ごす時間を楽しんでいた。俺が全てを出す事に……一方的に与え続ける事に疑問も持たなかったし、当然だと思っていた。いつの間にか、君の上に立って物事を進めていたのかもしれない」
「俺もアルフォンスと過ごす時間は楽しかったんだ! ふと……考えてしまっただけで」
「隣にと、思ってくれているからだろ?」
「あ……」
言われて、するすると絡まったものが解けていく。
隣にいたい。背中を見るのではなくて、触れる位置で、手を握って、同じ歩調で歩いていきたい。だから、全てを委ねられなかったのだろうか。
アルフォンスが申し訳無く微笑む。ベリアンスも、微笑んだ。
「何を、狙ったんだい?」
「オペラを、また見たい」
「あぁ、いいな」
「取れなかったら、申し訳無い」
「そのうち、仕事を任されるだろ?」
「知っているのか? その予定らしい」
「取れなかったら予定は延期して、二人で行こう。隣に、いてくれるか?」
その意味を、ベリアンスは正しく受け取る。ベリアンスも自分で得たものを持って、ちゃんと二人で、気を遣うのではない関係で隣にいよう。そう、言ってくれるのだ。
「アルフォンス!」
「おっと」
「浅はかですまなかった。そして、これからもお願いしたい。恋人になって一年が過ぎる今日この日を、二人で過ごしたい」
記念の日を、忘れられない日を、アルフォンスと一緒にいたい。その為のプレゼントが欲しかったんだ。
「そうか、もうそんなに経つんだな。一年、過ぎたのか」
アルフォンスは穏やかに笑い、頷く。そしてベリアンスの頭を包むように抱きしめる。心臓の音が、とても近くに聞こえる。それが心地よくて、身を任せている。
自然な動きで大きな手が頬を包んで、上向いて受けるキスの心地よさ。このまま全て委ねてしまいたくなる。
「さぁ、結果を見届けよう。ベリアンス、側にいてくれるかい?」
「勿論だ」
当然のように延べられる手を嬉しく思う。取って、繋いだこの熱がいつまでもここにあるようにと、ベリアンスは願った。
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