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初めてのアベルザード家(ジェイソン×アーリン)
新年一日、アーリンはジェイソンの実家の前にいた。
「…………」
大きい。そして立派だ。今からここに乗り込むのかと思うと胃が痛くなる。大体、どの面下げてここに乗り込むんだ? 息子さんの彼氏(彼女?)ですって? 死ぬの分かってて飛び込む戦場かなにかか?
「アーリン?」
隣ではまったここちらの気持ちを察していない大型犬(ジェイソン)がバカ面でいる。察してくれ、この緊張感を。
「あっ、やっぱ、その……昨日の酒が……」
「具合悪いのか? それなら余計に入って休もう」
「あぁ、いや……」
分かっている、こういう素直で裏表のない所も好きなんだ。もの凄くド直球に好意を伝えてくるこいつをどうして憎める。二人きりならもの凄く嬉しく思う。
けれど今は察して。お願いだから表情とか読んで。付き合って一年満たない同性のカップルが彼の実家に新年にご挨拶ってハードルが高すぎる!!
プルプルしたまま門を開けられないアーリンの顔色はいいとは言えない。本音で言えば回れ右して帰りたいのだ。
これがせめて、普通の家柄であればいい。同性である事を非難されるのは覚悟ができている。だが、アーリンには他の問題もある。
国敵、ルースの従兄弟。
彼が西で反乱を起こし、国は甚大な被害を被った。そんな者と親族だというだけで、今更縁も切れていたというのに翻弄される人生だった。
貴族家の跡取りだったのが男娼に身を落とし、隠れるように生きてきて。
その中で掬い上げてくれたのが、ジェイソンや他の仲間だ。
切れたくない。この事が知られて、彼の両親から物言いが付いて、結果別れる事になってしまったら……。それを考えると、怖くてたまらないのだ。
躊躇っている、その背後から突如声がかかったのは、やっぱり行きたくないと喉元まで出かかっていた時だった。
「あれ、ジェイソンとアーリン。どうしたの?」
「オスカル様!」
反応して振り向けば、私服姿のオスカルとエリオットがいる。手には同じようにお土産があり、帰省だと直ぐにわかった。
オロオロしているアーリンを見て、エリオットが直ぐに何かを察して近づいてきてくれる。そしてポンと、お日様のような温かな笑みをくれた。
「大丈夫、行きましょう」
「あの」
「大丈夫ですよ」
そう言っていとも簡単に、門を開けてしまったのだ。
アベルザードの屋敷は立派でそれなりの大きさがあるが、とても温かな家だと感じた。それはきっとここの主人、ラザレスとステイシー夫婦の人柄なのだろうと思った。
「まぁ、オスカル、ジェイソン、お帰りなさい」
「ただいま、母様!」
パッと子供のような笑みを見せるジェイソンが、小柄な女性へと駆け寄って家族の抱擁をする。そしてオスカルは隣にいるラザレスと穏やかに頷きあった。
「エリオットも、いらっしゃい」
「お邪魔いたします、ステイシーさん」
「あら、お邪魔だなんて言い方しないで。ここは貴方のもう一つのお家よ? ただいまって、言ってちょうだいね」
「……ただいま」
「はい、おかえり」
綻ぶような笑みを見せるステイシーに、エリオットが照れたように笑う。
理想が、ここにある。こんな家庭に生まれたかった。こんな家だったなら、母も苦労しなかったのだろうか。
思うと、多少沈んでしまう。知らず俯いたアーリンは、突如強く肩を組まれて驚いて、その方を見た。ニッカと笑うジェイソンがいて、両親の前にアーリンを引っ張っていく。何の覚悟も出来ていないのに。
それでも、優しそうな二人はアーリンを見て穏やかにしてくれる。心臓が緊張で飛び出してしまいそうだ。
「父様、母様、紹介する。こちらがアーリン。俺の恋人だよ」
「!」
ドキッとした。仲のいい友人でも、同室の同僚でもなく、恋人として紹介された。
どんな顔をされるのだろう。怖くて直視ができないアーリンの肩に、ふわりと柔らかな手が置かれた。
「緊張しなくてもいいのよ、アーリン」
「あ……」
「君の事は、ジェイソンから聞いているよ。会うのを楽しみにしていた」
「え?」
情けない顔のまま上げると、二人はとても優しく笑ってくれていた。
「歓迎するわ、アーリン。うちの子がお世話になっています」
「あっ、えっと」
「母様、俺はそんなに世話になってないよ」
「あら、そうかしら? ご迷惑かけてない?」
「かけてない!」
……既に、半ば無理矢理ここまできたという迷惑があるが、飲み込む事にした。
ジェイソンの手を下ろさせて、アーリンは居住まいを正して改めて、ジェイソンの両親へと頭を下げた。
「アーリン・ドイルです。ジェイソンと、とても親しくさせて頂いています」
結局今までなんて言おうか考えて、決まらなかった。結果、とても簡素なものになったけれど、彼の両親を見ればそれでよかったんだと直ぐに分かった。
お土産を渡したら、ステイシーはとても喜んでお茶の時間に出すと言ってくれた。エリオットとオスカルは勝手知ったると二人の部屋に行ってしまう。別れ際、「また後で」とエリオットに微笑まれて分かれた。
そうして今はジェイソンの使っていた部屋にいる。広い部屋にはベッドと机と棚が一つ。床面が多くて、何やら箱が置いてある。何かと思って見てみると、筋トレ用の物がぎっちりだ。
「お前、部屋でも筋トレしてたのか?」
騎士団を見回せばジェイソンは筋骨隆々というタイプではない。第五なんてグリフィスやドゥーガルドを筆頭に大柄で筋肉質な人が多い。友人のリーもそっちの部類だ。
だがジェイソンだって細く見せて実はかなり鍛えている。腹筋も綺麗な形に割れているし、太股の筋肉も張りがいい。腕回りも綺麗なラインが出ている。
一方アーリンはそういう見える筋肉があまりつかない。勿論触れれば硬いのだが。
部屋に荷物を置いたジェイソンが懐かしそうに近づいてくる。そして箱の中を見て、苦笑した。
「これ、結局やめたんだよ」
「え?」
「エリオット兄ちゃんに、止められたんだ。毎日筋トレなんてするもんじゃない。逆に筋肉が細くなるって」
「あ……」
これは、アーリンも騎士団に入って知ったことだった。
持久力などを付ける訓練はそれこそ同じメニューを毎日のようにこなす。が、筋力のトレーニングは数日に一回。しかも始まる前と終わった後のストレッチはとても入念で、筋肉が熱を持ってる場合は冷やすように言われる。
どうやら過剰な負荷を毎日かけ続けると筋肉が傷ついて逆に痩せるそうなのだ。
それを聞いて、リーは日課の筋トレを少し減らした。連続する場合は鍛える部位を変えているらしい。
「騎士団に入りたくて、ウズウズしててさ。でも、色々あって去年まで延びちゃって、燻ってたんだ。その時に、いつでも準備ができてなきゃって思ってやってたんだよな」
重しの入った袋を軽々と持ち上げたジェイソンが思わず「かる!」と驚きの声を上げる。それに、アーリンは思わず笑った。
「うわ、これあの当時けっこう無理してたのに」
「それだけ筋力がついたってことだろ?」
「だな。そんな気してなかったけれど」
ちゃんとついてるよ。アーリンはジェイソンの腕に触れて、笑う。逞しい腕だ。
「アーリン?」
「お前は間違いなく力をつけてる。そしてこれから、もっと」
置いて行かれないようにしないと、隣に立っていられない。大雑把なところのあるジェイソンの穴を埋めるように、アーリンは側に。そう、望むのだから。
近くに見るジェイソンの顔が、何故か近づいてくる。そしてとても自然にキスをされた。
「俺、アーリンを護れる男になる!」
「……ふん、バカにするな。力任せのお前になんて、追い越されないからな」
スルリと抜けて腕を組むアーリンは複雑だ。騎士として、男としてのアーリンは反発がある。だが……恋人としては不覚にもドキリとしたのだ。
これは、気合いをいれなければ。そう改めて思うアーリンだった。
程なくしてお茶に呼ばれて談話室へと行くと、夫妻の他に知らない人も数人いた。
最初に目に飛び込んできたのは、幼い子を慈しむ優しげな女性とその夫だろう人物。そしてその女性のお腹はふっくらとして見えた。
「アーリン、紹介する」
ジェイソンに手を引かれて、その家族へと近づいていくと彼女も立ち上がり、こちらにペコリと頭を下げた。
「俺の双子の妹でシェリー。こっちが旦那のリアム。で、二人の子供のノエル」
「初めまして、アーリンさん。ジェイソンがいつもお世話になっています」
お腹を気にしながらもにっこりと微笑むシェリーに、アーリンも改めて自己紹介をする。その隣ではリアムが小さなノエルを抱っこして、同じようにお辞儀をした。
そうするうちにドアが開いて、まったく印象の違う女性と男性が入ってくる。黒髪に、ハッキリとした顔立ちの美女だ。
連れられているのはどこか不釣り合いに見える男性。おっとりしていると言えばよく聞こえるが、どちらかと言えば鈍くさくてオロオロして見える。丸い緑の目に眼鏡。細くて、ちょっと押されたら倒れてしまいそうだ。
「オーレリア姉様?」
「あら、ジェイソン帰ってたの? そちらは?」
見た目の印象そのままのハキハキした物言いの女性に、アーリンは会釈をした。
「アーリン・ドイルと申します」
「俺の恋人。美人でしょ」
自慢するようにジェイソンが言うと、途端にオーレリアは難しい顔で腕を組み、溜息をついた。
「あんたまでそっちに行ったの。騎士団ってやっぱり男社会なのね」
嫌がっているのだろうか。拒絶に聞こえて多少気持ちが沈んだが、その目の前にほっそりとした手が差し伸べられた。
「オーレリア・アベルザードよ。うちの弟が迷惑をかけるわね」
拒絶では、ない?
改めて見ると、オーレリアからはそんな空気は出ていない。だからおずおずと、握手に応じる事ができた。
「それより姉さん、その人誰?」
無遠慮にジェイソンがオーレリアの側に立つ気の弱そうな青年へと視線を向ける。それだけで青年はどこか怯えたが、オーレリアは堂々としていた。
「私の婚約者よ」
「婚約者!!」
「まぁ、まだ数日だけれどね」
腰に手を当て、トンと青年を前に出す。それに、青年は落ち着かなげにしながらも頭を下げた。
「オルトン・フィッシャーです。初めまして」
ペコペコしている青年。だがそれを見るオーレリアは嬉しそうだ。
が、声は意外な所からかかった。
「フィッシャー?」
「オスカル様?」
たった今入って来たオスカルとエリオットが、目を丸くしている。それにもオルトンはちょっとオロオロだ。
「もしかして、ボリスの親族ですか?」
「ボリス先輩?」
エリオットの問いかけに、ふとアーリンも首を傾げる。そういえば、そんな気も……
「はい。弟がお世話になっています」
「弟!!!」
何重の驚きだったのか。思わぬ大声になってしまった。が、それだけ衝撃的だった。
言ってはなんだが、ボリスという人は柔和に見せてかなりスパルタで部下をしごく。勿論訓練の範囲を超えたり、誰か特定の人をという事はなく、全体に、まんべんなく厳しい。厳格で言えばゼロスだが、実際にはボリスの方が厳しい上官だ。
そのお兄さんが、こんな優男とは……
「似てませんよね。いえ、性格も顔も全然似てないので、兄弟に見えないとよく言われますが」
「貴方の弟って、この間こっそり尾行してた子よね? 確かに似てないわ」
「うん。あの、まだ怒ってる?」
「呆れたのよ、貴方の自信のなさに。もっとシャキッとなさい」
……オーレリアの方がよほど、ボリスに近い気がする。
「えー、ボリスが義弟になるのー」
「オスカル」
「いいけどさー」
オスカルは何か言いたげな顔をしたけれど、エリオットはそれを穏やかに宥めている。そんな様子をシェリー夫妻も、ラザレス夫妻も楽しそうに笑って見ていた。
そして、お茶の時間の少し前にもう二人、人が加わった。
「エレナ?」
「兄さん、おかえり~。なんちゃって」
黒髪に、落ち着いた青い瞳の端正な青年と共に入ってきた女性は、どことなくエリオットに面差しが似ている。首の後辺りで切られた亜麻色の髪はボーイッシュで元気な表情の彼女には似合っているし、緑に黄色を混ぜたような明るい瞳はとても独特だ。
だが、エリオットの方はこの二人が連れ立って入って来たことに驚いた様子でいる。ラザレスが苦笑している。
「婚約して、王都に住むことになったんだよ」
「え!」
「あっ、のね……ごめんなさい! その、連絡遅れて。タイミング、逃しちゃって」
胸の前でパンと手を合わせて謝るエレナに、エリオットは色々と言いたい事がありそうだったが、やがて全部を飲み込んで深い溜息をついた。
「そういうことはちゃんと言ってくれないと」
「ごめん兄さん! こちらも引っ越す家の下見とかで忙しくて」
「いいですけれどね」
少し拗ねるエリオットなんて、アーリンは見たことがない。でも、そこには確かに家族の空気感があった。
「おめでとう、エレナ。バイロンも、よろしくお願いします」
「こちらこそ、末永くよろしくお願いします、義兄さん」
キッチリと真面目に頭を下げたバイロンが、ふとアーリンとオルトンに視線を向ける。そこでまたお決まりな自己紹介をしているとお菓子とお茶が運ばれて、なんとも賑やかなお茶会が始まったのだった。
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