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ネイサンがしたかったのは、執事と主人を想定した遊びだったようだ。当日、イーデンは花嫁の侍女役だったが今は男の格好で若い貴族の青年状態。まぁ、この程度は簡単に揃えられる。
執事のネイサンはまんまあの時の格好だ。わざわざ暗府の隠れ家まで整えて今いる。
まぁ、更に言えばこれは役になりきる演技力の訓練とも取れる。だからこそ今も気が抜けないのだ。
ナプキンで口元を拭いテーブルに置くと、すかさずネイサンが椅子を引いてくれる。立ち上がり、この後どうしようかと思っていると恭しく礼をしたネイサンが口を開いた。
「よろしければ、この後ゲームなどいたしませんか、イーデン様?」
「ゲーム?」
既に嫌な予感しかない。ゲームと名の付くもので未だかつて勝てた例しがない。
が、ネイサンは譲る気はないのだろう。執事だというのに随分鋭く、そして有無を言わせぬ目をしている。
「ゲームとは、なんだ?」
「チェスでも、カードでも」
「……分かった」
「勝った者には、何か褒美を頂きたいのですが」
「……ものによる」
一回負けるごとにとんでもない事を要求されては身がもたない。絶倫に近いこの人はどれだけ抱いても余裕なのだろうが、受け入れるイーデンの方はそうではない。新年早々腹上死なんてまっぴらごめんだ。
分かっているのか、ネイサンはとても嬉しそうに目を細めて笑う。絶対に何かある目に、イーデンは早まったかと既に後悔し始めていた。
ゲームは最初はチェス。だが、既に負けが見えて投了した。指導的なチェスではなく、わりと叩き潰す感じでこられたのが意外だった。
「俺の勝ちですね。では、愛していると貴方の言葉で聞きたいのですが」
「それは、強要して嬉しいのか?」
「言って欲しいと願っただけで、貴方の言葉でお願いします」
凄くいい顔で笑っている。机に両肘をついて組んだ手に顎を乗せて待てをしている姿なんて、レアなのに。
妙に、緊張してきた。普段、あまり愛の言葉は囁かない。言わなくても伝わっていると感じるし、この人からも伝わっている。何より恥ずかしいんだ、改めては。
心臓が少し加速する感じがする。耳が熱くなる。目を、合わせていられない。
「……愛している、ネイサン」
「それだけ?」
「あっ、いや…………緊張してしまって、言葉が上手く出てこないんだ」
正直な事を口にすると、目の前で立ち上がる音。それにハッとした時には、ネイサンの顔がとても近くにあった。
「お可愛らしいご主人様だ、こんなに顔を赤くして。まるで林檎のよう」
「あの、ネイサ……」
「このような貴方も好ましいのですが、貴方を愛する下僕は時に甘い甘い褒美が欲しくなるのです。貴方の心が離れていないと、確かめられる鎖が欲しいのですよ」
唇が、触れてしまいそう。心臓が壊れてしまいそう。ドキドキして、今度は逆に目が離せない。唇が近づいて、イーデンは目を瞑った。だが触れたのは、額だった。
「では、次はポーカーなどいかがでしょう?」
「あ……あぁ」
肩すかし? 意地悪? いや、これは焦らされているだけ。駆け引きだ。どちらが音を上げるかを待っている。
そうなると負けたくないのもまた確か。結末も少し見えているけれど、だからといって今から白旗なんて男じゃない。
せめて一勝! これが目標だ。
にもかかわらず、また負ける。圧倒的に負けた。
「では、キスをしていただけますか?」
「……」
どこにと、あえて言わなかったな。
意趣返しで額にしてもいい。でも、年下のイーデンからとなるとちょっと……。頬はあまりに他人行儀。
近づいて、ドキドキしながら首に手を回して、唇に触れた。舌を交えなかったのがせめてもの抵抗だ。
離れた、その瞬間に見せるネイサンの嬉しそうな顔にドキリとする。そういえば、こちらからキスは最近していなかった。
「では、次は何をいたしましょう」
カードを切りながら、ネイサンはまだまだ要求があるのか止める気配がなかった。
結局夕方を過ぎてもネイサンには一勝もできていない。その間に、数々の恥ずかしい行為を要求、もしくは容認した。
「あ……ネイサンそれ嫌だっ」
靴を脱がされ、靴下も脱がされ、ネイサンはそこに跪いてキスをしていく。これは嫌なんだ、この人を侮辱するみたいで。自分が、高慢な人間になったようで。
でもネイサンは時々したいと言う。足の甲に唇が触れて、舌が触れる。足の指にも。
「っ!」
僅かにゾクリと背に走った痺れは十分に快楽と言える。視覚と感覚の両方から犯されて、イーデンは体を震わせた。
「綺麗な足をなさっていますよね」
「お風呂がまだだから、嫌だっ」
「むしろご褒美ですが」
「ネイサン!」
手がふくらはぎの辺りを撫で、服の上から唇が触れる。陶酔する視線を見下ろして、イーデンは制止を要求した。
「嫌です、これは。俺は貴方にそんな事してほしくない」
「愛しているという証ですが」
「服従の証です!」
貴方に服従されたいなんて思わないんだから、好まないのは当然なのに。
ジッと見上げる瞳が、寂しげに伏せられる。そうして立ち上がったネイサンは丁寧に靴を履かせてくれて、ゲームを片付けてしまった。
「夕食にいたしましょう」
「……はい」
怒らせてしまっただろうか。それにしてもどうして突然、こんな事をしたがるのか。
戸惑うイーデンを誘うように、ネイサンは食堂の方へと案内し始めていた。
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