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お疲れ様を言いたくて1(トレヴァー×キアラン)
騎兵府第三師団長ウルバスが数年後には隊を離れる。
その知らせは騎士団内部で大きな衝撃となった。ある者は惜しみ、ある者は多少の不安を抱き。だが寿退団ということで大きくは祝福モードだ。しかも相手はファウストの妹。未来のシュトライザー公爵だ。
だがここに、それを素直に祝うことのできない奴がいる。
「トレヴァー、今年の新年はどうするつもりだ? もしも予定がないなら、出かけ……」
年末が見えた頃、キアランの部屋で穏やかな時間を過ごしているのだが、ここ数週間の恋人の様子がおかしい。トレヴァーはぼーっと覇気のない顔で呆けていて、こちらの話も聞こえていない様子だった。
「トレヴァー、聞こえているか?」
「…………」
「トレヴァー!」
「わ! あっ、ごめんキア先輩。えっと……なに?」
もうこんなのが数週間続いている。明日は安息日でお互い休みだというのに。
ウルバスは海軍の指揮官としてトレヴァーを指名した。そしていつも以上に大変な訓練をさせている。
最初こそウルバスに期待されている事を喜んでいたトレヴァーだが、徐々に萎れてきた。訓練の厳しさや疲労もあるだろうが、とにかく訓練以外の時間はこんな様子で、何でもない所で転びそうになったり、階段から落ちそうになったりしている。数日前には風呂で寝て沈みかけ、チェスターとドゥーガルドが慌てて引き上げたとか。
流石に、黙っているわけにはいかなくなった。
「お前、少し無理をしすぎていないか? 辛い時は辛いと言った方がいいぞ」
トレヴァーの隣に腰を下ろしてきつめの声で言うが、それに返ってくるのは気力のない渇いた笑いばかりだ。
「確かにちょっと大変だけど、大丈夫ですよ」
「大丈夫そうにないから、こうして声をかけているんだが」
呆れて言えばまた、困った顔。こんな顔をされるとこちらが虐めているような気がしてくる。
「あの、さっきの話なんですか?」
「年末をどう過ごすか聞いていたんだ。全く耳に入っていなかったのか?」
「すいません」
これは重症だ。キアランは溜息をついて立ち上がり、ベッドへとトレヴァーを引っ張った。
約一年前から恋人という関係を築いたが、進みはとてもゆっくりだ。もっと性急に求められるかと思えばそうでもなく、優しくされるばかり。時には本番なしで互いに扱きあうだけというのもある。アレはアレで気持ちいいが、最近では少し物足りない。
不思議なもので、デートなどをして、体の関係もあるのにどっぷり溺れていく感じはしていない。上官シウスを見ると随分どっぷりに思えるのだが。
まぁ、元々恋愛に向いているとは思っていないが。
くたびれた大型犬が、とことこと近づいてくる。そして招かれたベッドに入るとキアランを抱きしめて、スンスンと匂いを吸い込んでいる。
「落ち着きます」
「しないのか?」
「…………」
「仕方ない。寝ろ」
「すいません」
まったく、どれだけ疲弊しているんだ。
小言を言いたい気分だが、今は案外悪くない。逞しい腕の中で、キアランもトレヴァーの匂いを確かめている。高ぶっている気分も、これで落ち着いていくのだ。
トレヴァーはもう寝ている。規則的な寝息と胸の上下。見つめる顔は幼さがある。髪も洗いざらしだからだろう。
それにしても、少しウルバスには言わなければならない。どうにもあいつはやるときと気を抜いている時の落差が激しすぎる。このままではトレヴァーが壊れてしまう。
明日にでも言おう。そう決めて、キアランは眠りについた。
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