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宝飾店を出た後は西地区へ。抱えた荷物を持って向かったのはシュトライザーの別宅だった。
ノッカーを鳴らすと直ぐに出迎えられるが、屋敷の中は以前よりも賑やかなものだった。
「ファウスト兄様、ランバート義兄様、いらっしゃい」
真っ先に出てきてくれたアリアがファウストにハグをする。その頬にお互い親愛のキスをして、同じようにランバートにも。その表情も、前よりずっと明るい感じがした。
「アリアちゃん、今年もよろしくね」
「今年もなんて。末永くよろしくですわ、ランバート義兄様」
「あはは、確かに」
花が綻ぶような笑みはとても愛らしく鮮やかで、ちょっとだけ眩しい。女の子は恋をしているとこんなにも可愛く輝くものなのかと、改めて思ってしまった。
「父様はいるか?」
「えぇ。こっちよ」
持ってきた荷物をそのまま持って、二人は屋敷の主であるアーサーの元へと向かった。
新年だというのに、アーサーは執務室にいた。どっしりとした机に向かい手紙を読んだり書いたりをしているのだろう人は、ノックの音に顔を上げ、来訪者を穏やかに迎えてくれた。
「よくきたな、ファウスト、ランバート」
「ご無沙汰しております、アーサー様」
丁寧な礼をするランバートに、アーサーは穏やかな表情を向ける。こんな風に迎えられる事が、最近では多くなった。以前はとてもきつい目をしていたのに。
「そう畏まらなくていい、ランバート」
立ち上がり出迎えてくれる様子は、もう息子を迎えるような温かさがある。これに甘えていいか見極めがまだだが、そろそろいいような気がしている。
「父様、土産」
「お前も気を遣うなファウスト」
お土産に二人で選んだのはアーサーが好きだという銘柄のワインだ。
「一人で空けるなよ、父様。また近いうちに来るから、その時に一緒に飲もう」
まだ少しぶっきらぼうだが、最近はこういう約束をファウストから口にすることが多くなった。一人で空けるには多いワインを贈って、次の夕食の約束。誤解が解けたとは言え長年の不仲もまた抜けきれずどう接していいか分からない不器用親子に提案したのは、ランバートだった。
「あぁ、そうしよう。ランバートも」
「よろしいので?」
「構わない、お前ももう息子だ」
言葉は少ないが、迎えてくれる言葉と表情の温かさに救われる。大事な息子をかっ攫っていった自分を、この人は許さないかもしれない。そんな思いを抱いた過去があった。だからこそ、今がとても嬉しかったりする。
ソファーに腰を下ろすと丁度紅茶が出され、それぞれに新年の挨拶を簡単にした。
「ところで、メロディ嬢とお子さんの様子はどうですか? できれば一目見たいのですが」
ルカの奥方、メロディに第一子が生まれたのが年末の事。出産後は負担も大きいだろうと新年までは直接の挨拶を避けてきた。
だが二人とも生まれた甥っ子が見たくてたまらなかったのだ。
紅茶を一口飲んだアーサーの顔は、途端に緩まる。ファウストと和解した一件以降、雰囲気が和らいだこの人を微笑ましく見ていたが……今は孫にデレデレといった様子だ。
「あぁ、回復も順調で今は無理のない程度に歩き回っている。子も元気だ」
「会えますか?」
「そうしてやってくれ、あの子も喜ぶ」
促され、それならばとお茶を一杯飲んだ後で腰を上げる事にした二人は、この夜の話に自然と移っていった。
「今夜はヒッテルスバッハで会食で、良かったな?」
「はい。お手数ですが、よろしくお願いします」
素直に頭を下げるランバートに、アーサーは心持ち緊張した様子で頷いた。
どこかで両家の顔合わせをと日程を調整していたが、まさかの新年二日目とはランバートも思っていなかった。大抵この時期はパーティーやら来客やらで実家はごった返す。これに巻き込まれるのが嫌で、騎士団に入ってからランバートは新年実家に帰らないくらいだ。
そんな両親が新年二日目を空けた。その意味はランバートにも大きくて、実は緊張している。
「アーサー様とアリアちゃんが出席されるのですよね?」
「あぁ。そちらはジョシュアとシルヴィアだけだったな」
「はい。兄達を抜きにして、落ち着いて会いたいとの事でした」
「分かった」
頷いたアーサーがベルを鳴らし、執事へと指示をして立ち上がる。
「少し失礼する。お前達はこの後ヒッテルスバッハか?」
「その予定だ。メロディに少し会って、その後で」
「分かった。夜にまた」
「あぁ」
素っ気ない親子の会話。だが以前は会話すらなかったことを考えれば十分に距離は縮まっている。隣で微笑ましく見つめたランバートが立ち上がり、ファウストも倣う。そうして二人で執務室を出た後は、案内されるままメロディの部屋を訪れた。
今一番賑やかな一室を尋ねると、メロディとルカが出迎えてくれる。そのルカの手には生まれたばかりの子供が抱かれていた。
「ランバートさん! 兄さん!」
「ルカ、メロディ、おめでとう」
「おめでとう、二人とも」
「有り難うございます」
幸せそうな二人に招かれて入室したランバートは、まずはメロディに選んだお祝いを渡す。おくるみとよだれかけを見た彼女はとても喜び、同じ素材と色の肩掛けに喜んでくれた。
お茶とドライフルーツも喜んでくれた。
そうしてソファーに招かれてすぐ、ルカが抱っこしている赤ん坊を差し出してきた。
「抱っこしてよ兄さん、ランバートさん」
にこにこしているルカとメロディだが、何故かファウストは手が伸びない。ぎこちない様子に、ランバートは首を傾げた。
「どうしたの?」
「あっ、いや……正直、怖くてな」
「は?」
何故??
更に首を傾げたランバートに、ファウストはとても恥ずかしそうな顔をした。
「俺はその……子供には泣かれがちなんだ、怖いと。それに、こんなに小さくて柔らかいものに触れるのはちょっと、力の加減とか」
「いや、そんな怯えなくても……」
実際手がワタワタしている。そういうのを見て、思わずランバートとルカは笑ってしまった。この人はまだ、こういう可愛い部分を持っているのか。
ルカと目が合い、くっと赤ん坊を近づけてくる。ランバートは下町でわりと赤ん坊を抱き慣れていたから、上手く腕に抱いた。それでもここ数年はこんな事なかったから、腕の中の柔らかく温かな命にちょっと感動だ。
「上手いな」
「慣れだよ。ふふっ、可愛いな」
片腕でしっかりと形を作ってやればそれだけで安定する。もう片方の手で柔らかな頬をふにふにすると、赤ん坊はちょっとむにゃむにゃと口元を動かした。
「可愛いな」
ランバートの腕の中を覗き込んだファウストの目も柔らかく緩んでいく。締まりのない軍神の顔だ。
「さぁ、兄さんも」
「いや、だが」
「大丈夫!」
ルカがファウストの背後に回って、左腕をしっかりと作っていく。荷物を抱える時のように腕を曲げ、ランバートの手から赤ん坊を抱き上げると肘の曲がった部分にしっかりと首を乗せた。
「腕はもっとちゃんと胸に引き寄せるみたいにして」
「あ、あぁ」
ぎこちなさに最初こそむずった顔をした赤ん坊も、どっしりとした手の大きさと腕の逞しさに徐々に落ち着いて身を任せ始めた。
「やっぱり、兄さん手も大きいから安定感があるんだね」
「本当、このまま寝てしまいそうだわ」
加えてこの人は体温が高いから、きっと温かいのだろう。腕の中の赤ん坊は少しウトウトしているように見える。
そんな赤ん坊を腕に抱いて、最初こそ緊張していたファウストだが徐々に表情が和らぎ、笑みを浮かべる。
「可愛いな」
そう呟いた人の優しい笑みを見ると、やっぱり少し複雑だ。こればかりは、ランバートが与えてあげられない幸せだから。
……でも、違う幸せをあげることはできる。全部でこの人を幸せにするんだ。得られないものの分も、きっと。
「ランバート」
「うん、可愛いね」
ファウストの腕の中を覗き込んで、ランバートも笑う。同じように笑ってくれる人が側にいる。これ以上なんて、もういらないんだ。
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