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おまけ・花嫁修業(?)のつもりです(クラウル)
ゼロスの実家に新年の挨拶に行くのは事前に知らせていた。快く出迎えられ、最近の話などを話しているといい匂いがしてきて、彼の母親がニコニコ笑いながらパイを持ってきてくれた。
「ミートパイ、出来たわよ」
家庭的なパイは久しぶりな気がする。が、何よりも気を引いたのはゼロスの表情だった。とても嬉しそうに感じる。
「クラウルさんも、是非食べてみてね。これだけは自信があるのよ」
「母さんの料理はどれも美味しいよ」
「あら、嬉しいわね」
夫婦仲が良い両親の自然なやりとりを、最近は目標にしている。ぎこちないわけではないし、仲は良い。が、自然にというところにまだ課題があるように思う。
「食べないのか?」
「え?」
見ればゼロスがさっさとパイを切り分けている。皿にそれを置いて目の前に、そして自分も同じようにして、パクリと食いついた。
美味しそうな表情を見るだけで好物なのだと分かる。そういえば、ゼロスは何でも食べるが好物は知らない。
少しだが、羨ましく思う。母親なのだから子供の好きな食べ物を知っていて当然だが……改めて知らない事を突きつけられている気分だ。
「クラウル?」
「美味しいな」
「だろ?」
嬉しそうなその顔を微笑ましく見るクラウルは、急にその笑顔を自分の作るものでという欲が出てしまった。
洗い物を下げる彼の母についてキッチンに行ったおり、クラウルはこっそりと彼女に声をかけた。
「あの」
「はい?」
「……ゼロスの好きな料理、教えていただけないでしょうか?」
ゼロスの母は目を丸くして驚いた顔をする。クラウルも問いかけた事でなんとなく気恥ずかしく、ちょっと目線を外してしまった。
「それは、構わないけれど……クラウルさん、お料理なさるの?」
「あまり手順の多くない料理なら」
なんとなく、気まずい沈黙が続いた。ここからどう続けるか、そんな事を思っていると不意に小さな笑い声が聞こえて、クラウルは視線を戻した。
「ふふっ、クラウルさんって案外可愛いのね」
「え?」
「あの子の好きなものね。いくつかレシピ書くから、帰る頃まで待っていてくれるかしら」
「あの、そんなお手数を!」
「いいのよ。ふふっ、嬉しいわね。あの子、こんなに愛されているのね」
「…………」
嬉しそうに微笑む彼女を前に、クラウルは感謝しつつも恥ずかしくもあり、珍しく顔が熱くなるのを感じていた。
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