544人が本棚に入れています
本棚に追加
リカルドが退室して三十分ほど経った頃、トレヴァーが起きた。
起き抜けのぼんやりした顔は初めて見た。こいつはいつも先に起きるから、寝起きの顔なんてほぼ見ていないのだ。
「キア先輩?」
「具合はどうだ?」
「んっ、少しスッキリしてます」
「そうか」
硬い焦げ茶色の髪を撫でてやると、くすぐったそうに目を細める。けれど悪くないんだと思う。
「すいません、折角の休みだったのに」
「構わん。それに、休みなら明日から沢山できた」
「え?」
訳が分からないと目をぱちくりするトレヴァーは、いっそ面白い。年下のくせに妙に大人の顔をするようになったこいつの、年下らしい顔だ。
「お前は明日から俺と年始まで休暇だ」
「えぇ! あの、でも……」
「ファウスト様とウルバスの許可は取ってある。俺も引き継いできた。何よりお前はドクターストップだ」
伝えると、トレヴァーはとても申し訳ない顔をして項垂れてしまった。
「……そんなに、仕事がしたかったのか?」
あまりに落ち込むから、聞いてみた。少し声に棘があるのは、この期に及んでという気持ちがあるからだ。
トレヴァーは慌てて顔を上げて首をぶんぶんと横に振る。その後は、少し落ち込んだ。
「仕事がしたかったんじゃなくて、なんか自分が情けなくて、申し訳なくて。俺、もっと出来るって思っていたので」
この期に及んでまだそんな馬鹿な事を思っていたのか。睨み付けると、トレヴァーは余計に小さくなった。
「お前、俺に働き過ぎだと五月蠅く言っていなかったか?」
「言ってました」
「今度は俺が言うぞ。働き過ぎだ、休め」
「面目ないです」
「まったく」
溜息をついて…………それで全部流せるのだ。
色々、聞かなければいけない事はある。聞きたい事もある。だがとりあえず、今はいいだろう。
「それで?」
「え?」
「とりあえず明日は俺の実家に連れて行くつもりだ。その後は、どうする?」
「え? …………えぇ! キア先輩の実家ですか! 俺も!」
「あぁ」
意外と大きな反応にキアランの方が面食らう。なぜならトレヴァーは一度、キアランの母に会ったことがある。家にも来たことがあるのだ。
ランバートの婚約式をしたとき、ヴェールの宛てを探していたトレヴァーから相談を受けて実家に眠っている物を思い出した。本当は自分だけが受け取りに行くつもりだったが律儀なトレヴァーは自分も行くと言って受け取りに行ったのだ。
そこでキアランの母ハリエットとも話をしている。
正直、あの人を攻略済みなのだから後はもうなんてことはないだろう。
「お前、うちの母親に会っているだろ。今更だ」
「それはそう、ですけど……。あの、それなら俺の家族にもキア先輩紹介しても……」
「一晩で胃に穴が空くが、いいか?」
「いいわけないですよ!! もう、分かりましたよぉ」
潔く諦めたらしい。そういう部分もキアランとしては好ましい部分だ。無駄な労力を使わなくていい。
「でも、突然で大丈夫ですか? あと、夕方くらいにおいとま……」
「何を言っているんだ? そのまま泊まれ。翌日から一緒に動くつもりでいるんだから、わざわざお前の家に迎えに行くとか面倒だろ」
「泊まり!! え、本気で? ……うわ…………」
トレヴァーががっくりと肩を落とす。だが、それだけで後は頭をガシガシかいている。分かっている、こういう時は折れてくれる時だ。
「……とりあえず、お土産何がいいですかね?」
「気を遣うな」
「最低限のラインなんで、これは譲りません」
「……分かった。土産は何でもいいぞ」
どうにか受け入れてくれたらしく、キアランは満足に笑う。翌日の予定は、とりあえず決まったようだった。
最初のコメントを投稿しよう!