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1 ある村娘の野心
ヴィッキーは魔女だ。
杖も帽子もなく、老婆でもなく、使い魔もいないけれど、彼女はそういう存在だった。
山間の森にある小さな村に彼女は暮らしていた。
春の花が木々を彩り、鳥が青い空を飛んで行く。自然豊かな村の中央には澄んだ川が流れていた。
ヴィッキーは川辺の草の上に座り、子守唄のように落ち着いた声で村の子供たちに本の読み聞かせをしていた。
「人々は村に大きな焚火を作りました。怖い思い出、悲しい思い出を火にくべて、大空高くへと舞い上がらせました。すると、炎の神様が現れて」
「大変、大変!」
幼い女の子が、男の子の手を引いて半べそ状態で走ってくる。
ヴィッキーは立ち上がると、赤いリボンで結わえた長髪を揺らしながら二人の方へ駆け寄った。
「どうしたの?」
そこでヴィッキーは男の子が足に怪我をしていることに気付いた。
「あ、あのね、木にね、実が一杯あったの。取ってもらおうとしたら、枝がね」
女の子は混乱しながらも少ない語彙力を駆使して必死に喋ろうとする。怪我をしている男の子よりも彼女の方が取り乱していた。
「よしよし泣かないで」
ヴィッキーは鼻をぐずぐずさせる少女と目線を合わせて頭を撫でてやると、小さな鞄から薬を出した。ヴィッキーが自分で調合したもので、もしもの為に出歩くときは常に持ち歩いている。
見たところ男の子の怪我は大したものではない。手早く傷を消毒して薬を塗り、当て布と包帯を巻いてやると、彼の顔を覗き込んでヴィッキーは尋ねた。
「どう、まだ痛い?」
「もう平気だよ!」
「強い子ね。でももう危ないことはしてはダメよ」
「うん。ありがとうヴィッキー!」
男の子たちは手を振りながら向こうへ駆けていく。
その後姿をヴィッキーは優しい微笑みで見守っていた。
ヴィッキーはこの村でとても評判の娘だった。
魔女という恐ろしい肩書を持っていたが、彼女は魔法で人々を怯えさせたりもせず、自身の知識や薬の技術をよいことに使った。
病人を助け、子供に勉強を教え、村のみんなから愛されていた。彼女は心だけでなく容姿も美しく、それこそ非の打ちどころのない女性と言っても過言ではない。
そんな彼女につい先日、村長の息子であるルークが告白をした。彼は金持ちで見てくれも性格もよく、それこそ彼女に引けを取らないくらいの素晴らしい男だった。
ヴィッキーは彼の申し出を受けて交際を始め、村の人たちは二人の幸せを心から祈っていた。
彼らはきっとお似合いの夫婦になる。
誰もが、そう思っていた。
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