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「まぁいいさ、それよりいつまでルークと付き合ってるの?」
ベスは声を潜める。彼女が聞きたかったのはこちらの方だろう。
「まさか、あんな奴と結婚するつもりじゃないよね」
「シッ」
ヴィッキーが人差し指を唇の前に当てて、ベスはビクリとした。すぐ傍を人が通りかかったのだ。目の前を人が横切っていく間、ベスはずっとおかしな笑いを浮かべていた。
じきに通行人の姿は遠ざかっていき、ベスはホッとする。明らかに彼女は他人に怯えていた。
ヴィッキーは安心させるようにベスの肩を抱く。
しばらくしてベスが落ち着いたのを確認してからヴィッキーは口を開いた。
「そうね。仮に彼が求婚をしてきたら、受けるつもりでいるわ」
「はぁ? 冗談でしょ」
「大丈夫、彼の妻にはならない」
にこりと笑うヴィッキーに、ベスはわからないと言う顔をする。この娘の出来の悪さに苛立ったが、ヴィッキーは決して顔には出さない。
もしも今言った通りにルークが求婚してくるようなことがあれば、これほどまでいい機会はないだろう。
もっとも今のところ、彼にそうさせる予定はないのだけれど。
愚かなルークはヴィッキーの魔法で心を開き、好意を抱くまでになった。彼に求婚させようと思えば簡単に叶うのだが、さすがにヴィッキーもそこまでは望んでいない。
むしろ考えただけで虫唾が走るほどだ。
「ベス、そんな顔しないで」
「だって意味わかんないもん」
本当に、この娘には呆れてしまう。
でも彼女は誰よりもヴィッキーを慕っていた。
同じようにヴィッキーを慕う人間は村中にたくさんいるが、どいつも無能ばかりで役に立つ人間などいない。
雑貨屋の二階に暮らしているこの病弱な少女もその一人だが、村で唯一ヴィッキーが心を開いている。と、ベス本人は思っている。
わざわざ、そう思わせたのだ。他の人間にはしないような悩みの相談もこの少女には聞かせた。ほとんど嘘ばかり話したが、彼女は信じた。
そうなるようにちょっとばかし心をいじってやっただけなのだが、自分こそヴィッキーの一番の理解者だと、彼女は信じて疑わない。
滑稽なのことに、ベスは自分がヴィッキーのペットであるのだと気付いていなかった。
「それよりもあなたに大事な話があるのよ」
ベスは瞳を輝かせた。
「あたしに役立てることがあるの?」
「あなたにしか頼めないの」
「任せて、いつでも協力するよ!」
「ありがとう」
ヴィッキーは笑った。
「実はね、保護をしたという動物のことなの」
「なに? まさか一緒に世話をしろとでも言うの?」
「そうね、それに近いかも。もっとも動物を保護したと言うのは嘘なのだけれど」
「え?」
「あのね」
ヴィッキーは、以前ルークに話したのと同じような内容を伝えた。本当は記憶喪失の男を保護しているが、動物だという話にしておいたと。
どうせこの秘密も隠し通せるものではない。なんせ、あのルークに気付かれてしまうくらいだ。それに、ヴィッキーが森に入っていくのを怪しんだ馬鹿がやって来て、フェルに石を投げたこともある。
他の村人たちも遅かれ早かれフェルについて知ってしまう。
そうなってしまうのは非常に面白くないが、こればかりは仕方がなかった。
「は? つまり、みんなが怪物だとか言って騒いでいる奴が、あんたの世話している動物?」
「彼の友人になって」
「なに言っているの?」
ベスはぽかんと口を開いた。
この反応など安易に予想できていたが、それにしてもなんて間の抜けた顔なのだろう。
「まずは一度彼と会ってほしいの」
「嫌だよ!」
いきなり、ベスは大きな声を上げて立ち上がった。胸を抑えて、荒い息を吐いている。
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