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「忌々しい!」
ヴィッキーは勢いよくテーブルに両手をついた。皿やカップが激しい音を立てたが、彼女は気にせず拳を更にテーブルに叩き付けた。
虫の居所が悪いのか、家に帰ってきてから早々に嵐を巻き起こす娘に両親は青い顔をする。
「なにをそんなに苛立っているんだ?」
「なにもかもにですよ。うるさい子供に、こびへつらう馬鹿に、無能な友人。それになによりあの男、ルークの顔を思い出すだけでも腹が立つ!」
ついさっきまで子供に絵本を読み聞かせていた優しい女性はそこにはいない。
いつものヴィッキーは笑顔を絶やさない、優しくて聡明な女性だった。彼女が隣にいるだけでとても心地のよい気持ちにさせられるのだ。
でもそんな人柄はしょせん偽りでしかない。
乱暴な言葉遣いで口汚く言いつのるさまは、村で人気の娘とは別人なのではと思わせるほど下品だ。こんな女が外では気品ある優しい女性だなんて誰が思うだろう。
「落ち着きなさい」
それまで黙っていた母が口を挟んできた。
逆らえばろくなことにならないと熟知している父が咎めるような顔をしたが、臆しながらも母は続けた。
「シャーリィのことで怒っているのでしょ。でもあの子は事故で亡くなったの。それくらい、お前も理解しているはずよ」
「事故? 仮にそうだったとして、その原因となったのが誰かわからないわけではないでしょう」
ヴィッキーの真っ黒な情念に気圧されたのか、母はそれ以上なにも言えなくなる。
「彼が姉さんを殺したのは揺るぎのない事実よ」
ヴィッキーは姉のシャーリィを誰よりも慕っていた。姉は優しくて美しい人だった。けれど彼女は二年前の火祭りの夜、炎に身を焼かれて死んだ。
記憶にありありと思い起こされる、痛ましい光景。
あれを引き起こした張本人こそが、村長の息子のルークなのだ。
ヒステリックな声を上げる娘に父は尋ねる。
「そこまでルークを憎んでいるなら、なぜ交際の申し出を受けたのだ?」
「あら、当然でしょ。私がそう簡単に相手の想いを無下にするとお思いで?」
ヴィッキーは笑ってみせるが、見開かれた瞳はどす黒い憎悪で濁っていた。形だけの微笑みに両親の顔が強張る。
「それに彼とこうなることは私の望みを叶える上で必要なことだもの」
気性の激しい娘に二人はひどく怯えるが、彼らにとって幸運なことに、ちょうどそのタイミングで家のドアが叩かれた。
ヴィッキーは苛々しながらも玄関に向かい、突然の来訪者にドアを開けてやる。
「どなた?」
「こんにちは、ヴィッキー」
そこにいたのは身なりのよい、端正な顔だちの青年だ。彼の姿を一目見た途端、ヴィッキーはまるで零れ落ちる花のように可憐に微笑んだ。
「ルーク、どうしたの?」
「実は少し困っていて。すぐに来てもらえますか? 説明は道すがら話します」
「ええ、わかったわ」
内心では苛立ちながら、そんな素振りを一切見せることなく従順について行く。
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