店主

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「はぁ、疲れたわ……」  私は息をついて腰掛けました。  そしてゆっくりお店を見渡します。小さくて古びたお店は今は亡き夫が設立しました。夫は駅員でしたけど、趣味で写真館も経営していたのです。  信じられないかもしれませんが、夫は本当に人の心をカメラに収めることが出来たのです。  そして、夫が亡くなった数ヶ月後、カメラを持つと不思議な感じがしました。  カメラ自体は冷たく無機質なはずなのに、なぜか暖かかったのです。  試しに、お友達が遊びに来た時写真を撮らせて貰ったら夫のような写真が撮れたのです。そのお友達も旦那さんが数ヶ月前に亡くなっていて悩んでおりました。試しにいろいろな写真を撮りましたが、悩んでいる方の心しか写せませんでした。夫のようになりたい。そう思って『こころや』を再開したのです。  ゆっくりと立ち上がって、お仏壇へ向かいました。  写真の中では夫が優しく微笑みを浮かべています。  夫は十年前、肺癌で亡くなりました。たったの六十で亡くなってしまいました。 「お父さん元気ですか?」  子供が独立するまで、互いに『お父さん』『お母さん』と呼んでいましたが、子供がこの家を出て行った後『君江』と再び呼ばれるようになりました。   私も新婚時代のように『雅之(まさゆき)』と呼びたかったのですが、なんだか恥ずかしくずっと『お父さん』と呼んでいます。 「もう私も七十です。お客さんに滅多に来ないわ。二か月前、正子ちゃんも天国へ行ってしまった……私も、もうすぐかもしれません」  昨日、お医者さんから心臓が弱くなっていると言われました。  なんだか最近、息苦しく重い腰を上げて病院へ行って色々と検査をしたら弱っていたそうです。  そして私も一人暮らし。家で倒れたら孤独死等のリスクがあるようで入院するか、息子たちと暮らすように言われました。  ですので…… 「幸宏(ゆきひろ)一家がこの家に越してくるようです」  幸宏とは一人息子です。中学生の女の子──優香(ゆうか)ちゃんと小学生の男の子──優太(ゆうた)くんがいます。  少し不便だと思いますが、優香ちゃんは少し身体が弱く喘息持ちで空気の良いところで療養したいと言っていました。  優太くんも自然が好きで、昆虫採取が趣味なので喜んでいるようです。  幸宏は外で仕事は滅多になく、家で出来るそうです。 「私はもうちょっと、残りの人生を孫たちと楽しむので、気長に待っててください──お願いね、雅之」    閉め切った部屋なのにお線香がゆらりと揺れました。  きっと、雅之が返事をしてくれたんだと思います。   【完】
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