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「あのぅ……」
恐る恐る、君江さんに声をかけました。
「これって……」
君江さんは微笑みを深くしました。
そして、私の手をそっと握りました。
柔らかく暖かい感触が伝わり落ち着きます。
「あなたの心、白いわね。でもこれは決して悪いことではないの。
一からあなただけの地図をまだ描けるのよ。広大で、豊かな地図がね」
そこまで君江さんは言うと、一呼吸置きました。
「自分が分からないって悩んでいたわね。でも、大丈夫。自分のことが分からない人なんてたくさん居るわ。
それにあなたの場合は、もっと、鮮やかな絵が描けるのだから。自信を持って。それにあなたは自分が分からないという弱さから、目を逸らさずに向き合った。
とても強いわ。だから、大丈夫。
あなたは自分の心を理解できるようになるわ。
それにあなたはまだ笑えていた。笑えるうちは大丈夫よ」
ポロポロと頬を熱いものがつたわりました。
「今どんな気持ち?」
「嬉しい、です。感動してます。でも、悲しいです。彼氏が亡くなってしまったことに気づいたからです」
数ヶ月前、私は最愛の彼氏を不慮の事故で亡くしました。
仕事中のことでした。大工だった彼は、足場から足を滑らせ転落死したのです。
そこから、私の時間は止まっていました。
何をするのも面倒で、悲しさや嬉しさといった感情が鈍くなっていたのです。
ですが、君江さんの一言でやっと、動き出しました。
「見てご覧」
涙が少し、落ち着くと君江さんは写真を取り出しました。
真っ白だった筈の写真が、先ほどの夕焼けのようなものをバックに私と、亡き彼氏が写っています。
夕焼けは橙色や赤だけでなく、藍色や紫色などの色もあります。
夕焼けは私の感情のようで、でも、とても綺麗でした。
私は写真を胸に抱え、小さい子のように泣きました。
※
ポッポ ポッポ
鳩時計が五度鳴りました。
私は慌てて礼を言いました。終電が迫っていたのです。
「ありがとうございました」
「なんもなんも。またいらしてくださいね」
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