駅員

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駅員

「君江、元気かなぁ」  俺は帽子をかぶり直し、軽く息を吐いた。  古びたベンチに腰掛けて、胸ポケットを漁り、しなしなになった煙草を取り出し火をつけた。  マッチを擦って火を灯す。  フーッと息を吐くと白い煙が空中に消えていった。  普通の駅員が勤務中にやっていたら大問題だろうが、俺の場合問題はなかった。  だって、死んでるから。  救いを求め『こころや』にやってくる人が来た時のみ姿を現す。  ただ、君江は知らないだろう。 「そんなに会いたいなら会いに行けば?」   「(あきら)」  声の主は章。俺の同期で、彼も死んでいる。  章は俺とお揃いの駅帽を脱ぐと俺の隣に腰掛けた。  彼の髪は抗がん剤で抜けてしまったのでほとんどなく、夕日を反射して眩しかった。 「なんか久しぶりだな」 「俺、正子(まさこ)に会いにいってたから」 「そうか」  正子、とは彰の奥さんだ。  俺たちは家族ぐるみで付き合っており、正子さんと君江も仲が良かった。 「アイツももうすぐ天国へ来るらしい。末期の乳がんなんだって。正子が天国へ来たら俺も成仏するわ」 「……そうか」 「でも、お前、君江さんに会わないのか?」  思わず苦笑した。  無論、君江には会いたい。だが、会ったらどうなるかが怖かった。  一応『こころや』は経営しているから元気なのだろう。  でも、もし、病気だったら──そう考えると怖かった。  人はいつか死ぬ。それは分かってるし、俺も死んでる。  けれど最愛の人が死ぬのはどうしても嫌だった。  俺は、臆病だから、ここで見守るしかないのだ。  俺が出来るのは君江を見守ることと、悩んでいるお客さんを『こころや』まで誘導すること。  俺は君江の命が消えるまでは、この仕事を全うしたい。  わがままだけれど、そう思っている。 「俺の勝手だろ」 「お前らしいな……んじゃ、この駅をよろしくな。俺は最期まで正子といるから」 「じゃあな」 「あぁ。いつか会おう」 「……そうだな」  彰が屈託ない笑みを浮かべた、と思った瞬間消えていって微かに残った線香の様な香りが鼻をくすぐって、また消えていった。
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