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褪せた赤色の布きれが、枯れ葉が散乱した根雪から、のぞいていた。
よいしょ、と両手を伸ばし、雪を掻き分ける。指はすぐに布の感触を捉え、重たい物体が雪の下で眠っていることを教えた。
殴るように降り注ぐ吹雪のせいで、雪を掻いても、またすぐに積もってゆく。力を込めて、せっせと手を動かした。息をしようと口を開くと、舌が途端に濡れてゆく。なんともいえない雪の味に、思わず顔をしかめながら、重い腰を持ち上げた。
――ふと、枯れた木々の向こうに、ちいさな人影が見えた。
ぎくりと身体を震わせるが、何のことはない。
怯えた顔をして、わたしを見ているのは、小さな男の子だった。
まだ八つか、九つくらいの子供だ。赤らんだ顔に、灰色の小袖を着込み、藁のくつを履いている。袖から白い両手が伸びて、傍の大木にそえられていた。
「なにしてるの?」
尋ねると、男の子は戸惑うように両目を丸くする。
男の子の吐く息は顔をしきりに隠すくらいに白く、指先はかじかんで真っ赤になってしまっている。
こんなに寒いのに、男の子は薄い麻の衣を一枚纏っているだけだ。
奇妙に感じて首を傾げれば、男の子はそろりそろりと慎重に歩みよってくる。その動作を見守っていると、男の子はどんどん勢いをつけ、最後には半ば駆けるようにして、わたしの傍へやってきた。
「お願いがあるの」
雪焼けで赤くなった顔を近づけ、男の子は言う。近くで見ると、とても顔の整った子だった。美しい顔は、夢のような、ぼんやりとした陶酔を感じさせる。
男の子の手が、同じくらい小さなわたしの手を、ためらいなく包み込んだ。
袖からのぞく男の子の腕は、まだらに青い痣がついていた。ところどころ切ったような傷があり、肉がえぐれてしまっている部分もある。あきらかに誰かからつけられたような傷ばかりだった。
「たすけて……」
男の子は唇を震わせ、そう言った。吸い込まれそうなほどに大きな瞳で、わたしを上目遣いをして見つめる。
初めて出会ったはずなのに、ひどく懐かしいような、そんな気がした。
わたしがようやく返事をしようとしたとき、どこか遠くの方から、誰かを呼ぶ男の声がした。男の子はびくりと肩を震わせ、縋るような目でわたしを見つめたあと、木々の向こうへと走り去ってゆく。
――吹雪に視界が覆われ、見えなくなってしまった。
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