吹雪の季節に

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「――というわけなの」  ずずず、と汁物を啜る音が返ってくる。  焼き魚の身にがぶりと大口で噛みついて、呑み込み、それから利平(りへい)は口を開いた。 「で?」 「で、って、薄情だなあ。あの子は、たぶん、親か、村の人かわかんないけど、だれかに、ひどくいじめられてるんだよ。かわいそうだと思わない?」 「俺みたいな、うら若きおじさんには、誰かを憐れむ余裕なんてないのさ」  焼き魚を刺していた串までぺろりと舐めて、利平は満足そうに笑う。藍色の小袖の裾を、膝頭までまくり上げ、袴を履いた足を無作法に投げ出していた。焦げたような黒髪は乾燥して痛んでおり、うなじでちょこんと結ばれている。いかにも粗野な男であった。 「わたしのことは面倒見てくれてるのに」 「それとこれとは違う」  指先を舐めてから、利平は蜥蜴のような眼をわたしに向けた。 「つむぎくらいの大きさの男の子といえば、十にもなってねえな?」  こくりと頷くと、利平は困ったように苦笑した。つむぎとは私の名前である。わたしと出会った時に、利平が名付けてくれた。 「ふーん、そりゃあ、色々と思い出すものがあるねえ」 「そうでしょう? わたし、あの子のこと何とかしてあげたいな。あの子もわたしたちと一緒に暮らせないかなあ」  すると利平はあからさまにしかめ面をする。  生活のほとんどは、利平が支えてくれていた。雪山に打ち捨てられていた小屋を見つけ、住めるように改修したのも彼であれば、ときおり山を下り、必要なものを交換して戻ってきてくれるのも彼だ。食料はわたしだけでも調達できるけれど、そのほかは利平が担ってくれていた。  利平は、人から嫌われている仕事をしている。死んだ馬などの家畜の皮を剥いでなめし、物を作る。物自体はよく売れるのだけれど、人はそんな利平を「人でなし」と言って忌み嫌う。掴まえた獣を殺すのはいいけど、死んだ馬や牛の皮を剥ぐ行為はなぜか嫌がられる。だから利平は、人と一緒に住めず、山奥や村から外れた平野や森などに仮宿を作って住む。そこに住めない事情が出て来たら、大きな箱を背負って、冬が来るまでに旅をして移動をするのだ。  私たちが二人でゆっくりと暮らせるのは、いつも吹雪の季節だけ。  お前も村や街で住みたいだろうと利平は言うけれど、それは利平だっておんなじことだろう。  わたしは両手を擦り合わせるようにしながら、おずおずと言った。 「一人で待つのは、ほら、いろいろ寂しいし、二人に増えたって……いいんじゃない? 一人も二人もたいして変わらないでしょう?」 「変わるさ。食料が変わる」  そう言われると、返す言葉がない。  うつむくと、利平は串の先で歯のあいだを掻きながら、ぶっきらぼうに言った。 「そりゃいずれ俺も歳をとるさ。何年か前に死んじまったじいさんと同じくな。そんで、今度こそ、お前さんを独りで残してゆくかもしれん。そんときゃ、もう一人いた方がいいよな……でも、今回はやめときな」 「どうして? 事情を聞きに行くくらい……」 「駄目だ」  利平は真面目な声を放つ。彼はあぐらを掻くと、片膝を骨ばった手で叩いた。 「昼に、近くの村に行って、いろいろと要るものを交換してきたんだ。そんときに、雪の怪物っちゅう話をきいた」
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