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義父に風呂を勧めると、穂はキッチンで夕食作りに精を出していた。
昼間義父と一緒に買い物に出かけてまたわかったことがある。
義父はとにかくスマートで、紳士的だ。
買い物の支払いは全て義父がしてくれたし、荷物も全部持ってくれた。
しかもその帰り掛け、寄り道したいところがあると言って車を滑らせたのは、最近できたばかりの有名な高級スイーツ店だった。
スーパーに向かう途中の車内での会話で「あそこのスイーツが前から気になっている」とチラリと零した穂の言葉を覚えてくれていたらしい。
遠慮する穂に向かって彼は「僕が食べたいから」と言って、宝石箱のようなスイーツをたくさん選ばせてくれた。
清高は、どちらかというとせっかちで買い物が済んだら真っ直ぐ家に帰りたがる。
その上甘いものをあまり好んで食べない。
寧ろ嫌いだ。
穂がケーキを食べたりお菓子をつまんだりしていると、信じられないという様な目つきで見てくる。
だから、穂は清高の前ではあまり甘いものは食べない様にしていたし、とてもじゃないがスイーツ店に寄りたいだとか、並んで買いたいと言えた事がなかった。
親子を比べたりするのはいけない事だし、清高は清高で優しいところが沢山ある。
しかし義父は穂の些細な言葉を覚えてくれて、しかもそれをサラリと叶えてくれたのだ。
あんな風に、まるで女の子にするように接してもらったのは初めての事だった。
だからだろうか。
義父を意識すると妙にドキドキとしてしまい、顔がじわりと火照ってくる。
まな板の上で、白菜に包丁を入れながら穂はハッと我に返った。
違う、ドキドキとしてしまうのは義父が清高と同じ顔で笑うからだ。
愛する夫と同じ顔で笑ったり、優しくされたら胸が高鳴ってしまうのはしょうがない事。
決して、断じて疚しい気持ちなどではない。
穂はそう言い聞かせると、火にかけた土鍋に目を向けた。
鍋の中のふつふつと煮立つ出汁が見ながら、穂は突然思い出す。
風呂場のシャンプーがきれていて、替えを置くのをすっかり忘れてしまっていた事を。
「しまった!!」
穂は慌ててキッチンから洗面所へ向かうと、躊躇いながらも扉をノックした。
「あの…お義父さん?すみません。シャンプーがきれてなかったですか?」
すると、返事の代わりに突然扉の向こうから何かが派手に床に落ちる音がした。
まさか足を滑らせて転んだんじゃ…!?
身体からさぁっと血の気が引いていく。
穂は慌てて扉を開いた。
「お義父さん、大丈夫ですか?!」
しかし、扉を開いた先にいた義父はしっかりと両足をつけて立ったていた。
その姿を見て穂はホッと胸を撫で下ろしす。
何かあったら義母にも清高にも申し訳が立たない。
床に転がっていたのは戸棚にしまっていた洗剤やボディーソープなどのストック類だった。
「あぁ、すまない。シャンプーがきれていたみたいでこの辺を探していたら…ちょっと、ね」
義父が何やら気まずそうに手に持っていた何かを穂に見せてくる。
ホッとしていたのも束の間、穂の顔から再び血の気は引いていった。
それは穂が隠していた自分を慰めるための…いわゆる大人の玩具というやつだった。
清高は忙しい。
日本の反対側にある国へ行く事だってあるし、そんな時は月のほとんどを留守にしたりもする。
当然その間、穂は清高に触れる事も触れられる事もない。
だから好きな人に触れてもらえない寂しさと持て余した欲を鎮めるため、致し方なくその玩具を使って慰めているのだ。
清高は滅多に戸棚を開けたりはしないので大丈夫だと思っていたが、まさか義父が開けてしまうとは思ってもみなかった。
しかもそれはよりによって:あからさまな形|をしているバイブをだ。
そんなものを義父に見られてしまい、穂の頭の中はおもちゃ箱をひっくり返したかのようにパニックを起こしていた。
「す、すみません…っ!」
穂は義父の手からその淫具を奪うと、すぐにエプロンのポケットにしまう。
そんな事をしたってもう遅いのだが。
「いやいや僕も悪かったよ。見られたくないものを見てしまったからね」
義父の言葉に穂は顔を真っ赤に染めると俯いた。
体裁は悪いし、恥ずかしさを通り越して消えてしまいたくなる。
穴があったら入りたい、とはまさにこのことだと思った。
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