めいそう

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めいそう

夜中の2時、携帯の着信音で目がさめる。 寝ぼけていたせいか、終話ボタンを押して電話を保留にしてしまう。 しばらくして再び着信音が鳴る。 こんな時間にうるさいなぁと思いながら、着信番号も見ないで電話に出る。 「もしもしー!こんばんはー!」 「私ですぅ。こないだはありがとうございましたぁ!」 「はい?もしもし?誰?」 「ごめんなさい!寝てました?」 とにかく電話主の周りがうるさいし、本人の声も大きい。 「私ですぅ!R美ですぅ!」 「あー!はいはい。」 「ごめんなさーい!寝てましたよね?」 「あっ、うん、大丈夫やけど。」 「どないしたん?」 「あっ、えーとぉ、こないだの約束いつだったら大丈夫かなぁと思ってぇ。」 「えっ!ほんまに行くの?」 「ちょ、ちょっと待っててくださいね。」 何処かうるさい場所から移動したのか、だいぶ静かになった。 「ごめんなさい。うるさかったですよねー!」 声は相変わらず大きい。 「そやなぁ。もう声小さくしても聞こえるで。」 「あっ、そうですね。」 「今日も酔っ払ってんの?」 「ごめんなさい。少しだけ…」 「あんまり飲み過ぎると体に悪いで。」 「まあ、仕事やからしゃーないけどなぁ。」 「優しいですね。」 「そうかなぁ。」 「優しいやつほど、危険やでぇー。」 「大丈夫です。」 「口に出して言う人ほどそんな事ないですよ。」 「わかれへんでぇー。」 「それより、いつ御飯つれていってくれるんですか?」 「えっ!俺がつれていくの?」 「あっ!私がおごるんでしたね。」 「じゃあ、私が出すのでつれていってください。」 「いいよ。」 「ケガさせたの俺にも責任あるし、行こう。」 「はい!行きたいです!」 「いつにします?」 「そやなぁ、今週の週末とかどう?」 「土日の夜なら空いてますぅ。」 「じゃあ、土曜の夜にしよっか?」 「はい!楽しみにしてますぅ!」 結局、R美と軽いノリでご飯に行く事になった。 もちろん彼女には内緒で。 そして当日、僕はてっきり後でMとSの2人を呼んでR美の店に同伴するものだとばかり思っていたが、今日お店は休みをもらっていて、そんなつもりは毛頭無いらしい。 えー、ずっと2人っきりかい! どうりで服装がお店に出勤する感じじゃないし、メイクも薄い。 全体的に少し幼くて、可愛い系に仕上がっている。 よくよく観ると目鼻立ちも良く、気品ただよう清純派アイドルみたいだ。 僕はこっちの方が好きかなぁ。 そんな事を考えている場合ではない! 何か妙に緊張してきた。 ご飯を食べている最中も、 なんだか人目を気にしてしまうし、落ち着かない。 R美があまりにも魅力的なせいもあるが、たぶん、彼女への罪悪感からだろう。 そうあってほしい。 いっそR美があまり自分のタイプではなかったら良かったのに。 そんな思いにかられる。 僕は不安定な気持ちと葛藤しながら、何とか食事はやり過ごす。 問題はその後だ。 どうやってこの後の時間を何事もなく過ごすか? 思案を巡らす。 そうや! R美、こないだ店で話した時、カラオケ好きやって言ってたから、それ行って、いい時間になったら適当に切り上げよう。 カラオケなら会話も少なく、歌に集中していれば親密になる事もないだろう。 ところが僕の思惑通りにはいかなかった。 R美の、 「デュエットしませんか?」 という言葉をキッカケに、いつのまにかR美は僕の横に来て歌い、歌いまくり、僕も嫌いではないカラオケを調子にのって、最後は声が枯れるぐらい悪ノリして歌っていた。 僕は車で来ているので、お酒を飲んでいないというのが唯一の救いだった。 でなければ、その晩勢いでR美とどうにかなっていたかもしれない。 R美は例のごとく、食事中もカラオケボックスでもお酒をたしなんでいて、かなりいい雰囲気に盛り上がっていた。 時折わけもなく、僕の手を握ってきたり、体を持たれかけてきたり、シラフの僕の理性も限界に達していた。 僕はこのハニートラップみたいな危機を脱するために、 「もう、そろそろ行こうか?」 とR美に言って、 「延長しません。もう出ます。」 とインターフォンで店員に告げ、半ば強引にカラオケボックスを後にした。 R美はフラつきながら少々不服だったのか、 「まだ帰りたくない!」 と駄々をこねて、僕を困らせる。 少し酔いさましとR美の心を落ち着かせるため、湾岸沿いの夜景の見える所に車をとめる。 そして、その場で交わした何気ない世間話が、僕の理性を崩壊へと導き、ひと夜の快楽へと突き進んでいくのを止めてくれるキッカケになる。 白雪姫 「えっ、じゃあ、今の家に引っ越して来たのは最近なん?」 「はい。」 「それまではどこに住んでたん?」 「〇〇市の〇〇町です。」 「えー!じゃあもしかして中学って〇〇中?」 「はい!そうです。」 「〇〇年卒です。」 「俺も〇〇中やで!」 「4コ上やけど。」 「じゃあ、お兄ちゃんと一緒です。」 「えっ!兄ちゃん?」 「名前何ていうの?」 「〇〇 F男です。」 僕はフリーズした。 F男は僕の中学の同級生で、クラスで一番の秀才。 スポーツ万能、人柄も良く、ビジュアルも文句なしで、全てを兼ね備えた男だった。 僕などはいつもノートを拝借してお世話になっていた身分だ。 仲のいいツレとはいえ、そいつには頭が上がらない。 そういえば、家には行ったことがないので、妹の存在を知らなかった。 こんなに可愛くて魅力的な妹がいたなんて…。 いやいやそうじゃない! そんな不謹慎な事を言ってる場合じゃない! あいつの妹やで! あんな地元で有名な〇〇家のF男の妹やで! 親は開業医で、F男もこのままいけば間違いなく医者になるだろう。 そんな妹にちょっかいなどかけたら、僕などは地元で犯罪者扱いだ。 僕は頭の中で犯罪者扱いの身になった自分を想像して、身ぶるいしながら、ある結論に達する。 うん、とにかく今日の出来事は夢まぼろし、お嬢様を丁重にご自宅までお送りしよう。 自分の苗字は口が裂けても言ってはいけない。 「〇〇F男?」 「聞いたことないなぁ。」 「クラス一緒になったことないんかなぁ?」 「まあ、8クラスあったから、知らんやつギョーサンいてるしなぁ。」 僕はいっぱいそれらしい言葉を並べてごまかす。 下の名前だけでも兄貴に言われたらバレるやろなぁ思いながらも、苗字まで言わなくてよかったと胸をなでおろす。 店で初めて会った時から、どこか浮世離れした雰囲気がある娘だと思っていたけど、R美はツレの妹で正真正銘のお嬢様だった。 「もう遅いし、そろそろ帰ろっか?」 「はい。今日はありがとうございます。」 しかしなぜお嬢様がラウンジとかで働いているんやろ? お金に困っているわけないし、もちろん親にも内緒のはずだろう。 色々疑問は尽きないが、あえて自分の為にややこしい事情を詮索しないようにした。 山手にある自宅の近くまで送ってくると、周りは僕の家などとは比べ物にならない豪邸が建ち並んでいた。 「ここでいいの?」 「はい。今日はありがとうございますぅ。」 「お酒大丈夫?」 「はい。いつもの事なんで。」 「そっか。気をつけて。」 「じゃあ、またアイツらと店に遊びに行くわ。」 「はっ、はい。じゃあ、また来てくださいね。」 僕はあえて店の客として接した。 R美は別れ際、なんだかさびしそうな笑顔で手を振っていた。 それから僕は、店に行く事はなかった。 もちろんR美とはそれきり会っていない。 R美の方も僕の気持ちをどこまで理解していたのかは謎だが、あの夜以来、連絡してくることはなかった。 つづく *尚、この物語は実話をもとにしたフィクションです。 *文中に登場する僕は筆者の友人Kでその彼女はHです。その他の登場人物はイニシャルか三人称で表記しています。
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