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おはようございます
「おはよう」
「おはようございます」
エレベーターを待つ舞花は、挨拶を返しながら声の相手に向き直った。
顔を見るまでもなく、辺りに漂う香りで誰かなんて判別がつく。
高そうな香水を惜しげもなく体にふりかけているその人は、毎日顔を突き合わせている直属の上司なのだから。
中田 真吾。
年は二つしか変わらない。
明るくて良い人で、仕事もバリバリ出来る。
けれど、若干あつくるしい。
「あれ?また眼鏡?女子力落ちてんなぁ」
「ほっといてください」
舞花はわざとらしく、ぶうたれてみせた。
朝から面倒な絡みに付き合わせないで欲しい。
「中田さんこそ、クマできてますけど」
顔色のさえない彼を見ながら、舞花はそう言った。
「また、タクシーですか?」
「ん。明日締めの分が厄介でさ」
「私、今日余裕ありますから、手伝いましょうか?」
「マジ?なら、書類のセッティングよろしく」
ぱぁっと明るくなった彼に、舞花もくすりと笑った。
彼の下について、3ヶ月。
仕事量は増えたけれど、その分やりがいはある。
甘やかしてくれるタイプでもないから、ガンガンキツいことも言ってくるが、自分のスキルレベルは確実に上がった。
仕事が楽しい。
最近は純粋にそう思えるからか、プライベートの煩わしさがより際立つようになったのかもしれない。
「おはようございます」
会社の廊下を歩く二人の後ろから、声がかかる。
それを聞くなり、舞花は背筋がピンと伸びるのを感じた。
「はよっす」
中田は軽快な挨拶を返す。
気心知れる相手だからだろう。
彼はニヤニヤしながらこう続けた。
「珍しく早いっすね。昨日だって俺より遅かったくせに」
「朝イチで打ち合わせだからね」
眠そうにそう言ったのは、河上 健司。
中田よりも更に上役に当たる。
「お、おはようございます」
舞花はどぎまぎしながらも、どうにかそう言った。
朝から、部署もフロアも違う彼に会えるなんて、ラッキーすぎる。
しかも中田が一緒だったおかげで並んで歩けるのだ。
たとえドアまでの数メートルだって、素直に嬉しい。
だが、そう思ったのも束の間。
自分のやる気のない格好を思い出して、舞花はさっとうつむいた。
「そうだ、中田君さぁ、今日の夜空いてる?」
「合コンっすか?」
「うん。ミーティングルーム1でね」
「…空いてますよ」
「なら、良かった。18時から新規のミーティングだから、よろしく」
じゃ、と中田にぺこっと頭を下げると、河上はさっさと業務フロアに向かった。
舞花はちらっと視線だけでその姿を追いかける。
若干前かがみだけれど、後ろ姿もやっぱり素敵である。
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