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「また見とれちゃった?」
「はい!」
からかってくる中田に、舞花は満面の笑みを見せた。
隠す必要なんてない。
単なる社内での推しなのだから。
恋愛感情で好きだとか、付き合いたいとか、そう言う欲望は一切なし。
ただただ、見ているだけで満足できる、なんというか、アイドル的な存在だ。
「まぁ、変わったご趣味で」
「もう!失礼ですよ」
舞花はプリプリしながらそう文句を言った。
たしかに、容姿に関してだけ言えば、河上をイケメンと評する話は一度も聞いたことがない。
学歴、能力を加えれば、そこそこ彼狙いの人もいるだろうが、それでも、今のところ社内で彼に好意を示している人がいるという噂は聞いたことがなかった。
「みんな、見る目ないですよねぇ。あーんなに、カッコいいのに」
「うわ。目がキラキラしてる」
「でしょー」
「そろそろ本気で行ってみる?」
「いやいやいや。私、彼氏いますし。河上さんだって彼女いるんですよね」
「らしいけど、ね。あの人俺よりはるかに仕事してるし、会社に住んでる勢いだから、本当のとこは謎じゃね?」
「でもでも、あんな優良物件、世間がほっとくわけありません」
「物件って、その表現のがよっぽど失礼」
「はい、すみません」
やってしまった。
調子に乗りすぎて、つい、女子会のノリで話してしまった。
舞花は軽く謝ると、デスク横にバッグを置いた。
「ん?」
机の上には見慣れないクリアファイル。
「なんだろ」
中の書類を取り出してみると、明らかに舞花宛のものではなさそうである。
誰かが間違って置いたのだろう。
「中田さん、これ」
「何?」
PC越しに手を伸ばしてきた彼にファイルごと渡す。
彼はペラペラと中身を確認するなり、にやっと笑った。
「俺宛だわ。間違って置いたんだろうね、河上さんが」
ピクッ。名前を聞くだけで身体は勝手に反応した。
「ていうか、大好きじゃん」
「…めっちゃ推してますから」
頬が熱い。
大好きということは否定しない。
でも、これはただの憧れで、恋愛とは違う。
舞花は、中田の手の中にあるファイルにそっと目をやった。
そこにあるのは単なる書類だというのに、まるで彼本人がそこにいるかのごとく緊張してしまう。
おかげで、午前中だけで三度もミスを指摘されることになってしまうという、散々な一日になってしまった。
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