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ランチタイム
「昼、行く?」
「ああ、ちょっと、もう少し」
中田からの声かけに、舞花はPCの画面を見たままで適当に返事をした。
どれ?と彼がのぞき込んでくる。
この作業を割り振ってきた担当者なのだから、進捗が気になるのは当然だろう。
彼はさっと目を通すと、あっさりとこう言った。
「それ、急ぎじゃないよ」
わかっている。締め切りはまだまだ先だ。
業務全てを終わらせようなんて思ってはいないけれど、この中断作業だけは絶対に甘く見てはいけない。舞花は慎重に事を進めた。
「はい。もう、これだけ保存したら終わりなんで」
確実に保存を押して、もう一度確認。エンターキーを押して、よし、完了。
「終わりました」
舞花は軽快な声を上げた。お疲れと、中田がぽんと肩を叩く。
「今回はOKだな」
「もちろん。この前みたいなのは、二度とやりません。」
二時間もかけて編集したデータを、上書きして消してしまったのはつい数日前のこと。
しかも締め日は翌日、時間はもうすぐ定時という状況だった。
あの時は血の気が引くという言葉を、身をもって味わったものだ。
基本的に残業無しの職種に就いている舞花が作業を続けるためには、中田が上司に掛け合わないといけない。
しかも舞花の残業時間が増えれば、彼の失点と見なされてしまう。
自分一人で責任を負うことも出来ない未熟者なのに、失敗までして人に迷惑をかけてしまったことが本当に情けなかった。
嫌みの一つでも言ってくれればいいのに、中田は一言注意しただけで責めることもせず、舞花に淡々と残業を命じた。
結局、彼のチェックまで全て終わったのは8時過ぎ。
舞花はそこで帰宅したけれど、彼はそこからさらに数時間の勤務が続く。
余計な仕事を挟んだせいで、いつもよりも帰りが遅くなってしまったはずである。
あの日は本当に申し訳なさでいっぱいだった。
舞花はガサゴソとバッグから、スマホと財布を取り出す。
その横で中田はデスク上の時計に目をやった。
「まだどこでも行けそう。何食う?」
「んー。中華?」
「昨日行ったろ。定食は?」
「OKです」
決まりだ。
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