モンスターインク連続殺人事件

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「新しい被害者です。今回は自殺とのことです。」 部屋に入ってきた山田がこう言った。彼はとても興奮し、(ひたい)に汗を浮かべている。しかし、それと対照的に部屋の中の連中は、気だるそうにため息をついた。  ここはモンスターインク連続殺人事件の対策本部である。はじめの被害者が出てからもうすぐ二週間経つが、この間に日本全国で16人が亡くなっている。一般的に連続殺人事件というと、被害者が増えるほど情報が増え、全貌(ぜんぼう)が明らかになっていくものだ。しかし、この事件は全く違った。情報が増えるにつれ、ますます混乱させられ、無力感が(つの)るばかりなのだ。 「人を死に追いやるペンでも作ったのかね。」  木下さんが伸びをしながら言った。たしかにこのモンスターインク社は、書いた文字が点滅するペンなど革新的なペンを打ち出してきた。しかし、そう考えてすら説明がつかないから困っているのだ。  この事件は、12日前に一人の老人が病死したことから始まった。その老人は以前から入退院を繰り返しており、死因には全く不自然な点が見られなかった。唯一問題になったのは、彼が遺した遺言書だった。 『すべてをモンスターインクへ。』 彼の筆跡でそれだけが書かれた遺言書が不審に思われたのは当然といえた。彼はモンスターインク社とは何のつながりも無い農家の人間だったからだ。もちろん、モンスターインクは大手文房具メーカーであるから、この会社製の文房具は持っていた。しかし、彼がモンスターインクやその社員とそれ以上の関わりをもった形跡は全くなかった。  その後、毎日のように全く同じ文面を遺して人が死んだ。四件の自殺以外は全て病死で、それも、ガンや心不全、脳卒中など、死因に一貫性はまるでなかった。全ての死に共通することと言えば、不審な点がないということと例の文言くらいのものだ。  当初は、その遺言が脅迫されて書かれたものではないかと考えられていた。どの遺言書も比較的死の直前、せいぜい数日前に書かれていた。都合のいい遺書を無理矢理書かせてから死に追いやったと考えれば辻褄(つじつま)は合う。しかし、被害者には脅迫されて悩んでいるような様子はなく、その時期に見知らぬ人物が会いに来た事もなかったという。  では、すり替えられたのだろうか。いや、わざわざ手書きの遺書ばかりを狙う必然性はないだろう。ワープロ打ちの物の方がすり替えが簡単なことは言うまでもない。それに、筆跡まで精巧(せいこう)に真似るほどの価値がある遺産とも言えなかった。亡くなった人々は特段裕福とは言えず、自殺者に至っては多量の負債を抱え、大した保険金もかかっていない人物だったのだから。  犯人の線からも様々な推測が飛び交った。まずは、モンスターインクに恨みを持つものの犯行ではないかと誰かが声高に言っていた。文言があまりにあからさまで、これでは同社は利益を得るどころか非難される事は目に見えていたからだ。しかし、これもすぐに行き詰まってしまった。他にも、連続殺人に見せかけて各事件で犯人が違う可能性、病院関係者が犯人である可能性等が検討されたが、どれも本命にはなり得なかった。そもそも殺害方法の見当がつかないのだ。他殺と考えるにはあまりに自然すぎたし、どの現場、関係者の証言からも作為の跡の様なものが全く感じられなかった。  もう完全にお手上げだ。これだけ自然に殺せるならば、いっそ共通の遺書など残さずにおいてくれればよかったものを。私を含め、そう考える者は少なくなかった。とはいえ、かつてないペースで被害者は増えているのだから、警察が何もしない訳にはいかない。  特に何かを(ひらめ)いた訳でも、期待があった訳でもなかった。ただ手が勝手にキーボードを(たた)き、モニターにモンスターインク社のホームページが表示された。そもそも、この事件に関しては同社の対応もおかしかった。普通なら、事件に関与していようといなかろうと、何らかの弁明を公表するものだ。それがどうだろう。モンスターインク社は事件が発生してからというもの、全くの沈黙を守っている。その不気味さが私の手を動かしたも知れない。 ガタッ。  私は画面を見て思わず立ち上がってしまった。ホームページのトップにあった新商品のCM動画を再生したのだ。再生数がまだ一桁のその動画は、この一連の事件の大きな謎をたちどころに解消してしまうものだった。私のただならぬ様子に人が集まり始めた時、再び山田が顔を真っ青にして部屋に駆け込んできた。 「遺書の文字が変化しています。」  彼がデスクに広げた証拠品の文字は目の前で紙の上を()い回っていた。そして、一分も経たずしてほとんどの遺言書の文面は全く別物になってしまった。少し読めば、その内容が本来あるべき姿だろう事は容易(ようい)に理解できた。
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