専門学校

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専門学校

 私の友人のTが服飾系の専門学校に行っていた時の話。  その学校は創立50年以上の歴史があって、ビル型の校舎も外壁の塗装や内装のリフォームはしてあるけれどやっぱり古臭かった。 ファッションに興味のある人が来る学校だから当然、美的感覚の強い人が多くて、学内の生徒には不人気の校舎だった。  その校舎の4階、エレベーターを降りてすぐ左に衣装部屋として使われている倉庫がある。30畳程もあるそこには授業で作った衣服やマネキンや裁縫道具、さらには過去の生徒がこっそり置いていったいらない服まで天井スレスレまで衣料関係の品が放置もとい保管されている。  そしてこの部屋にはある噂があった。23時以降に部屋の前を通るとコツ……コツ……という音が聞こえてくる。怖くなって急いで通り過ぎるが、翌日その部屋に行くと隅の方に押しやられたマネキンの着ている服が変わっているという。 正直都市伝説としても弱い変な話だが、校内では有名で生徒だけでなく先生達も体験している話だった。  この噂話を聞きつけた新入生の女子が意気揚々と「本当か確かめる」と言ってわざわざ先生に許可を貰って部屋の前で1晩泊まり込んだ。  いざ泊まる日。その子以外無人の廊下にはチクタクと後ろの教室から時計の秒針の音だけが聞こえている。  噂の23時はとうに過ぎたが、これといって変化はない。やはり単なる与太話だったのか。  ウトウトし始めてもう寝てしまってもいいかと思っていると、コツ……コツ、コツ……コツ…と例の音が聞こえてきた。確実に目の前の部屋の方から聞こえている。  噂は本当だったのか、となればこの音はマネキンが動く音だとでも言うのか? 眠気が覚めたその子は真偽を確かめるため意を決してドアを開けた。  スイッチを入れると、チカっと棒状の蛍光灯が手前から順に光り始めた。照らされるのはハンガーに掛けられた衣服や山積みに並べられた段ボールたち。入口から右横へ直線的に枝別れする5本の通路があり高い棚が 間仕切り替わりになっている。ドアからまっすぐ突き当たりを右に曲がるとその奥にあるマネキン郡が見えるはず。  その子は躊躇いのない乾いた靴音を響かて突き当たりまで歩いた。そしてくるっと右に向いた。  視線の先にマネキンは無かった。  その日の日中にはあったのに。  どこからともなく足元に冷気が吹いた。部屋中の蛍光灯が切れかけの様に明滅を繰り返す。  さすがにその子も怖くなって、動けなくなってしまった。  コツ、コツコツコツ、コツコツ……  棚の向こう側から硬いものが連続して当たる音がする。それは次第に数を増して部屋のあちこちから聞こえるようになった。  床にへたりこむその子。  彼女の視界の両側には棚、奥に空になった部屋の角が見える。  奥の棚の影が揺れたように見えた。  目を凝らせば、棚の向こうからカクカクした動きの人間がゴキブリの様な速さで出てきた。  しかも気持ち悪い動きのせいで最初気づかなかったがそれは人ではなく、マネキンだった。  古典的なロボットみたいな動きなのに異常なスピードでこちらに向かってくるマネキン。  パニックになったその子は、泣き叫びながら入口まで逃げようと立ち上がった。  ドアの方に向き直ると、そこには別のマネキンが小刻みにカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタと振動していた。  無機質な人工の肌が触れる瞬間、その子は意識を失った。  翌日、彼女は退学届を出したそう。  以来、夜にあの衣装部屋へ入ることは禁止されたという。
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