埋まらない心を埋めようとする女 百合

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ

埋まらない心を埋めようとする女 百合

16500452-8209-4954-962b-f8cf6358f477 今日は久々のオフ、と言っても朝子どもにご飯を食べさせて小学校に送り出し、洗い物と洗濯を片付けたから休もうとしても結局休めてる感じがしないんだよね。 子供の帰りは学童が終わる18時。それまでは久しぶりに会う涼子とアフタヌーンティーを楽しもう。今日は女ウケのいいヨーコチャンのゆったりとしたシルエットのワンピースにしようか、それともミニの方にしようかな?今日はあまり歩かなくて済みそうだしルブタンの高いヒールが履きたいな〜。そしたらこっちのミニの方が合うし、バッグはお気に入りのデルヴォーにしよう。バーキンはハクをつけたい時はいいけど、成金ぽくてなんかイヤラしく見えるパターンもあるし。 こんな風にファッションのことを考えてる時が何より楽しい。離婚してからと言うもの何を買うにも文句を言う人がいなくなったしね。そうだ、アフタヌーンティーの後にヒルズのエストネーションにも寄ろう。そろそろ秋の新作もチェックしなきゃ。 7歳の息子は「他のママみたいにしてほしい」と言うけど、PTAの集まりなんかで会う他の子のママはどこで買ったの?と興味も持てないような服を着てる。せっかくうるさいこと言われない生活を手に入れたのにファッションくらい自由にさせてよ、って感じ。 ヨーコチャンのツイードミニワンピースに肩にはユニクロのジャケットを引っ掛けて早足で家を出た。ユニクロのベーシックな形と雑に洗濯してもOKな品質は今でもお気に入り。主婦時代に我慢してきていた頃と違って、今はあえて選べる余裕がある。 11センチもあるヒールを履いて背筋を伸ばしてタクシーを止め「汐留のコンラッドまで」と伝えてスマホを手にSNSチェックを始めると今日も華やかに加工された自撮りがなだれ込んでくる。中にはこの人誰だっけ?と言うレベルの写真も。時折入り混じってる昔の友達は子供の写真をあげている。たいして感情も動かないまま淡々と『いいね』を連打していく。これはもうなんかの作業だな、とため息をつきながらかといってやめる気もしない。 タクシーがコンラッドのカーエントランスに着くとSuicaで支払いを済ませ降りた瞬間ドアの向こうにキョロキョロしている涼子の後ろ姿を見つけた。 「涼子〜!」 反射的にいつもデカすぎ、と言われる私の声に涼子は振り返って笑顔を見せた。 「百合、久しぶり〜。」 エレベーターに乗っている間の少しの会話でなんとなく、久しぶりに会った高校の同級生はなんだか元気がないように感じた。 この5年、離婚を心に決めてからひたすらお金を稼ぐことだけ考えてきた。やっと最近は離婚が成立して一息つけたから今日は久しぶりに涼子に会えるのを楽しみにしてたのに...。涼子は終始居心地が悪いように見えた。 私たちの地元は東京では鼻で笑われることも多い埼玉。18で地元を離れてから都内を転々として離婚してからは憧れてた東京港区に住み、経営者の港区お姉さま方に連れられてラグジュアリーなホテルやら経営者が集うダイニングバーやらあちこち行ってみた。やってみたいと思うことは全部やってみた。その中で落ち着いてゆっくり女子会できそうなコンラッドのアフタヌーンティーを選んだんだけど... 涼子はなんだかオドオドしながら周りを気にしてる。なんだか別の世界の住人のような顔をして。 唯一昔の調子で話せるのは旦那の話。お互い愚痴しか出ないから、共通の敵がいることに一体感が生まれる。でもやっぱりそこに、働いてる母と働いていない母の意識の差があったりして結局違和感を感じて話をそらしてしまう。 涼子と私は結婚した時期も出産した時期も近いのに、今やシングルマザーと専業主婦という別ジャンルになってしまった。シングルマザーに育てられた子供はグレるとか、学力が低いとか、偉い人がまことしやかに言うもんだからそうならないようにこの5年は死ぬ気で寝ないで働いてきた。 私の結婚生活は、今思い出しても腹が立つ思い出しか残ってない。特にお金のことに関しては。命を削るように働いたお金で足りない生活費やボーナスがないクセに買った車のボーナス払いを払って、趣味の贅沢品も買ってあげたりしてたのに、やっとの思いで買った自分へのご褒美をみて元旦那は「自分だけ高いもの買ってるんだ」とか抜かしやがった。明確な殺意と力が抜けるような諦めのジェットコースターだった。 そう思うとホント、涼子は羨ましい。旦那は家事も育児もやらないとは言うけど、シングルマザーになったらそれは頑張れば全部一人でもできること。でもシングルマザーはそれにプラス仕事をして生活をするためのお金を稼がなければいけない。 涼子の旦那さんはちゃんとマジメに働いてお給料を稼いでくれて、ローンで一軒家も買って。旦那の実家が近いからお姑さんに子供のお迎えしてもらえたりしてシングルマザーからしたら家事育児してれば人の金で暮らせて、さらに手伝ってもらえるなんて相当羨ましい。 シングルマザーになってからと言うもの、自由と引き換えに全部自分でやらなければいけなくなった。子供は小学生だから手はかからなくなったものの、家事も仕事も細かい届出、支払い、手続き...ちょっとこれお願いと言える人がいない。 でも金は出すけど口も出す旦那を、捨てるか捨てないか選ぶのは女だ。私は口を出されたくなかった。元旦那には私の人生に口出しする価値を見出せなかった。 だから私は旦那を捨てた。子供のこと以外で我慢しなくて良くなったのはあの頃に比べたら天国のようだ。 涼子はそんな私の話を聞いては「いいな〜」と言う。結婚してる人が私に言う「いいな〜」は「いいな〜私にはできないけど、と言うかする気がないけど」と聞こえてしまうのは気のせいなんだろうか。 なんとか子供が小学生に上がる前に十分な稼ぎを手に入れたかった私は家にあったパソコンにかじりついて編み出した通販事業で今や法人化3年目だ。小さなネットショップで一つも売れなかった時期が懐かしい。今や毎月の売り上げは500万円を超える月もある。インターネットを使って事務作業を全国各地の在宅主婦にしてもらっているのでその人たちに払うお給料や商品仕入れ、経費を除いても充分生活していける。 しかしいつまでこんな生活を続ければいいのか、ずーっと同じことをしていられるのかな、いつか売れなくなったらどうする?と心配事で眠れなくなる時もある。その不安から働けなくなったときのための保険や貯金も怠らない。世の中の男の人ってみんなこんな気持ちなのかな。 しかし今の彼氏はそんなこと全然考えてなさそうだな、と思い出した。バーテンをしながら俳優を目指してオーディションなんかに通ってる。 お金のない男は口も出さないしなんでも合わせてくれるけど、毎日全て自分で決める毎日だからたまには誰かに頼りたいのにまた頼りない男を選んでしまってる。どうせ長続きしないけどそんな彼の写真を見て涼子は喜んでるからまあいいか...。 涼子は高校の頃から優等生だった。それは有名私大を卒業して社会人になってからも変わらずで小さなアパレルの下請け会社に就職した私と違って涼子は契約社員ながらも就職した上場企業で今の旦那と出会った。化石のような言葉で言うと寿退社と言うやつ。はたから見ればトントン拍子、結婚式もどこだか忘れたが都内のホテルで豪華にやった。おそらく500万はかかっただろうな。 私の出産の二年後くらいだったか、涼子も子供ができてすぐにマンションも買ってそれはもう人も羨むトントン拍子。一昔前には当たり前だった、20代で結婚、出産、持ち家を持つと言うのは今や夢物語として語られる。夫婦の2組に1組は離婚するし、そもそも結婚する人が減ってるし、生涯独身が当たり前になりそうな現代で涼子はその夢物語を実現してる。それなのになぜ、幸せそうに見えないのだろう。いつも不満ばかりなんだろう。私が何を言っても「いいな〜」と言うのだろう。 毎日仕事があ終わったと思ったら山もりの家事に憂鬱になっても、将来の不安がよぎっても、寄りかかれる肩がなくても私は満足してる。 好きな服を着て、好きな靴を履いて、好きなところに行けるから。 何にいくらお金を使っても口出しされることがない人生が続くなら憂鬱も不安も受け止めよう。 結局久しぶりの同級生との再開は昔を懐かしむことよりも今の違和感を実感しただけだった。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!