【第壱部】 第一話 モブの追憶その一

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【第壱部】 第一話 モブの追憶その一

 俺の名は高月惟光(たかつきこれみつ)。自分で言うのもなんだが、幼い頃から体を動かす事、絵を描く事、勉強などは全て一通り平均以上にこなせた。ついでに言えばルックスもなかなかだ。何をやらせても器用に出来てしまうもんで、両親や学校の教師は俺の行く末を大いに期待したようだ。  けれども、三つ年下の弟が生まれてからは、俺ってもしかしてただの器用貧乏なのではないだろうか? と思い悩むようになった。どれも並外れて抜きんでたものが無い、つまり可もなく不可もなし、という奴に同じではなかろうかと。  そう思うようになった切っ掛けは、三つ年下の弟のせいだ。せい? いや、別に弟が悪い訳じゃないけどさ。だってこいつ、ルックスも駆け足も絵も作文も書道も勉強も全部ずば抜けて出来やがるんだぜ? 嫌でも現実を見ざるを得ないじゃないか! つまり俺は……『鼯鼠五技(ごそごぎ)にして窮す』っていうアレな訳だ。俗に言う『むささびの五能』……。 一、木に登っては猿に及ばず、 二、空を飛んでは鳥に及ばず、 三、水を泳いでは魚に及ばず、 四、地を走っては馬に及ばず、 五、穴を掘っては土竜(もぐら)には及ばず。  これである。この例えは俺の為にあるようなもんだと思う。つまり、だ。どれも中途半端。言葉を変えたら誰にも印象が残りにくい、凡庸なその他大勢。つまりモブキャラに同じ……。とてもじゃないが主役を張れない。せいぜい主人公を目立たせる為にワラワラと登場する名も無き通行人の一人、そんな感じだ。  そんな俺に引き替え、弟の光希(みつき)(よわい)三歳にして『神童現る!』などとニュース沙汰になってしまうくらい特別だった。その時描いていた絵を、保育園の先生が大絶賛してコンクールに出したのが切っ掛けだ。興味を持ったマスコミが取材に来たところ、絵だけでなく物語も書いたり作詞作曲もしたりと他にも天才ぶりが判明した、て訳だ。その時の世間の好奇な眼差しは当然俺にも向けられ、 『……お兄ちゃんもよく見れば整ったお顔立ちだし、何でもそこそこ出来るみたいだけど、弟に比べたら……可哀想な出来よね』  なんて影で嘲笑をかうようになってしまった。……ある意味、注目された、とも言うのか? だがそんな注目のされ方は不名誉極まりない。モブキャラに徹してひっそりと生きていった方がまだマシだ!  大体、俺の名前の由来だって人生を暗示しているというか。母親が源氏物語の大ファンとかで。光源氏の侍従の名前からつけたそうなんだけど、主役じゃなくて主役の従者って……。藤原惟光(ふじわらのこれみつ)、母親の一番のお気に入りだそうだ。光源氏の代筆で和歌を書いたり、主がピンチの時はテキパキ行動。物怖じせずに物を言ったりして非常に優秀、美人の娘さんがいたりしかるべき地位もあってかなりのリア充キャラらしい。弟の名は光源氏をイメージしてつけたそうで、経緯からして弟の下僕……てまぁ、そんな事は言っても仕方無いけど。  おーっと! 話が横道に反れた、元に戻そう。  それでも十五歳を迎える頃には、自分の人生こんなもんだと諦めモードに入って開き直ったね。誰も彼も弟にしか注目しないから、逆に人の目を気にせず好きな事が出来る。失敗してもダメ兄貴なら仕方ないね、と流して貰えたりさ。それで、昔から本が大好きで、自分で物語を創作する事にも興味があって。それで、中学を卒業と同時に小説投稿サイトに登録してみたんだ。書いている間、物凄く楽しかった。特に人気が出たりはしなかったけど、書いている間は現実を忘れて物語の世界に浸れた。書きながら、登場人物の生きる時代背景やら当時のしきたり等を調べたりするのも好きでよく拘って書いたさ。  そんな感じで、穏やかにそれなりに楽しく生きてきた訳だ。中間の上、上位の下あたりの高校へ行って、大学は文系の私立大学に入学。教職課程を選択、将来は高校の古典教師にでもなれたら良いかなーなんて思いながら。部活は高校、大学と文芸サークルを選んだ。ゆるーい感じに仲間と創作を楽しむ。特に受賞したりとかはなかったけど、趣味で楽しんで書く。性にあっていた。  そんな俺にも週三ほどアルバイトをしていたドラッグストアで、バイト仲間の中から彼女が出来たりして、一人暮らしの気楽さなんかもあって、それなりに学生生活を満喫していた。  それは、二十歳の誕生日を迎えた日だった。たまたま日曜日が重なって、朝から彼女が俺の部屋に来て食事の用意、二人きりで誕生日を祝ってくれる事になっていた。けれども、約束の時間を過ぎても来ない。LINERを送っても既読にならない。電話をしてみても電源を切ってあるようだ。少し時間にルーズなところがある子だったけど、さすがに一時間以上も連絡が取れないと心配になる。彼女の家まで自転車で10分くらいだ。行ってみる事にした。もしかして彼女の身に何かあったのでは? 心配になった。  マンションはオートロック。だけど暗証番号も部屋の合い鍵も持っている。大丈夫だろうか? 気持ちが急くからエレベーターは使用せず、四階まで一気に駆け上がった。インターホンを鳴らす。少し待っても、何の音もしない。鍵を開けて入ってみる。 「美沙? 入るぞ! 大丈夫か?」   おいおい、カーテンは閉めっぱなしじゃないか! まさか本当に何かあったんじゃ……。おそるおそる室内に足を踏み入れる。ワンルーム、閉め切ったカーテン、部屋の右側の壁沿いに、ベッド。見た目では人が横たわっているように布団が盛り上がっているように見える。一歩一歩、近づく毎に心臓が激しく波打ち、額に、脇に、背中に嫌な汗が流れる。嫌でも思い浮かぶ事件の二文字……。 「美沙? 居るのか?」  恐怖を打ちはらうようにして再度声をかけた。ゴソゴソとベッドの中で蠢く物体。ドクンと心臓が跳ね上がる。いや、落ち着け! 少なくとも生きてはいるんだ! 忍び足でベッドに近づき…… 「美沙? どうした? 具合が悪いのか?」  と声をかけ、思い切って布団をめくろうと右手を伸ばしたその時、 「え?」  ガバッと起き上がった美沙。恐怖に口元と引きつらせ、飛び出そうな程目を見開いて絶句している美沙。 「ひっ!」  と後ずさりする俺。そして……そして美沙の隣にぴったりと寄り添うようにして目を見開いて俺を見つめる、見知らぬ男……『誰だよ、お前』て感じで俺を見ているが、それはこっちの台詞だ……。しばらく、時が止まったように静まり返る俺たち。  いや、美沙。誰だよその男。どう見ても友達じゃないよな。だって二人とも生まれたままの姿じゃん……。思考停止した俺は、ぼんやりと二人を眺めた。やたらデカくてガタイのいい男だ。だけど顔は俺の方が数段上だな。やがて、 「あー! ごめん惟くん!」 「あ? 惟クンだぁ? 美沙、こいつはお前の何なんだよ?」 「……どういう事? 意味分かんないんだけど」  慌てて誤魔化そうとする美沙に、逆切れ(?)し出す見知らぬ男、いくらか冷静に真相を知ろうとする俺の三人が一斉にしゃべりだした。  何の事はない。美沙は俺と付き合う前からその男と付き合っていて、飽きてきた時に俺に出会ってツマミ食いした。俺の誕生日に朝から祝ってくれる、ていうのは単に度忘れして、夕べからその男と部屋で飲んでいた。飲み過ぎて寝過ごした。そういう事だった。  そういや、美沙の部屋……今にして思えばテーブルの上に発泡酒やら缶チューハイやらが乱雑に置かれていたな……。
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