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正体
音の鳴っていた部屋の隅に目をやると、そこには子供、と言ってもやっと歩き始めたばかりの時期くらいの幼児が立っていました。
茶色の薄毛にムチムチと太った身体、ふっくらとしたしもぶくれ、裸に萌葱色の涎掛けだけを掛けて、大事そうに茶碗一杯分ほどの小豆の入った笊を手に持っています。
彼が左右に笊を動かすと先ほどから聞き慣れた波の音が聞こえます。
波の音と思っていたのは、小豆が擦れ合う音だったのです。
その子は、驚いた表情で風太君を見ていましたが、思い出したように小豆の入った笊をザラザラと振り始めました。
お互いに暫く睨み合いました。
小豆の擦れ合う音だけが独特の哀愁を帯びて時を刻んでいます。
風太君の恐怖は間抜けな小豆の音と共にサラサラと崩れて行きました。
今となってはムチムチした可愛い幼児が音を立ててうるさいだけです。
何故ここに子供が居るのか、どこの子なのか気になることも沢山ありましたが、
それよりもこんな子供に恐々としていた自分の情けなさや、睡眠を妨げられた怒りが勝ちました。
風太君は、必死の表情で小豆を振る彼の額をピシャリと叩いて布団に戻りました。
子供は小豆をかき混ぜるのをやめ、目に涙を一杯溜めて、布団に潜り込む風太君を恨めしそうに見ていました。
それからは小豆の音はしなくなり、風太君は朝までぐっすり眠ることが出来ました。朝になって怠い身体を起こしたときにはもう子供はいなくなっていました。
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