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第2話 変更点
『───犯人は、紛うことなき人間よ。あなたと同じ、この世界に生きる、誰か』
突如このループ世界に登場したイレギュラーの少女、フルールの言葉を明確に脳裏に思い出していた。今は自室。カーテンは閉め切っているから無論薄暗く、だがそれでも、むしろ今の自分の心境を整えるにはちょうど良かった。
私はベッドに仰向けになり、制服のまま天井を眺めていた。
彼女の存在にももちろん疑問は生じる。が、そんなことまで考えていてはいよいよ頭がパニックに飲み込まれると感じたから、回避した。
それよりも、彼女の言葉の方が今は重要なのだ。
これまでの自分はこのループ世界についてを、何らかの超常現象なのだと決めつけて、別に誰かの意図でこうなっているだとかは、考えたことがなかった。
そう、本当に単なる自然の生んだ、何かの事故なのだと。
しかし彼女の言葉がそれを打ち壊したのだ。
これは人の手によって紡がれた悪夢だと。そう、はっきりと言われたのだ。
……いや、どうだろう。その言葉を完全に信じる真似もできない。急に現れた謎に満ちた存在の言葉を、そのすべてを鵜呑みにするなど、とても。
だが、実際のところはどうなのだろうか───。わからない。何一つ、私には。
あの後は結局、彼女は私の前から姿を消した。
そして去り際に彼女はただ少しだけ、こう残したのだ。
『この周期であなたが救われるか否か───それは、あなた自身にかかっているわ。私もまた、あなたの前に現れる。もちろん、サポートとしてね。……それと、周期の流れもなるべく変えてあげるわ』
彼女はやはり、特別な存在なのだろうか。ふと、そんなことを考える。
しかし周期の流れを変えてくれるだなんて……そんなことが、どうして可能になるのだろうか?彼女は何が目的で、そんなことを?
いけない。彼女のことを考えると頭が痛む。チリチリと蝕んでくるその頭痛は、重くずしりとのしかかる。まるで鉛のようだった。
「……ループ、ペンデュラム」
ぼそりと、私はそう静かにそう呟く。
「23回目、繰り返す8月」
眠気に襲われた。
「暑くて、長くて」
希望も絶望も渦巻いて、その円形の中に私は座り込む。
「終わらない、いつまでも」
蝉の声に、いつしか私は耳を塞ぎ始める。
「助けて───」
初夏の暗がりに、私はそう……静かに叫んだ。
そして、
『───助けてあげる』
どこからともなく舞い降りたそれは、聞いたことのある少女の声で……私は次の瞬間にはもう、意識を失くしていた。
窓から飛び込む蝉の声すら聴こえなくなるほどに、私は夢の中に埋もれたのだった。
2
食卓に並ぶのは、8月1日の夜食だ。それは当然定められたメニューで、私にとっては目に映すのも嫌になってきた。
家族揃って取り合うヒレカツでさえ、私にはこの頭を蝕む毒でしかない。
これを見る度に、また同じ夏が始まるのだと突きつけられるからだ。それは残酷を通り越した最悪の現実である。
自分はまだこれでも、狂っていない方だとは思う。しかしこういったループの代償を……同じように用意される夕食のメニューを提示される度に、精神に虫唾が走るのだ。
「……っ、」
頭に手をやり、私は目を閉じる。少しだけ気分を害したようだ。
「お姉、どったの?体調悪い?」
そんな私の様子を見て、妹───梢がそう話しかけてくる。
実はこういったように身内に心配されるのは、初めてのことではない。これまでにもループによる精神的疲労を、家族の誰かから指摘され心配されたことはあった。
梢の発言を受けて父さんもまた、私の方を見やり口を開く。
「具合でも悪いのか、花音。夏バテかもな」
「……大丈夫だよ、父さん。ちょっと、疲れただけ」
そう返すと、今度は母さんが箸を置いて向き直った。
「夏期講習、大変だものねぇ。無理もないわよ。今日は早めに寝た方がいいかも」
「……うん」
こんなやり取りもまた新鮮味はない。繰り返してきた周期の中では見飽きたものだった。
が、しかし───次の母さんの発言には、さすがの私も度肝を抜かれてしまった。それはあまりにも突然で、前触れなど微塵もなかったものだったから、余計に。
「───そうだ、花音。気分転換に、おじいちゃん家にでも行ってくれば?勉強に力を入れてもいいけど、入れすぎるのも毒でしょうし」
「───えっ……」
そんなことを口に出されるのは、初めてのことだったのだ。まさか母さんの口から、そんな言葉が飛び出てくるだなんて。
これは、まさか───フルールのせいか?
あの少女が、そう母さんに言わせた?そうなるように、流れを変えたのか?
そんな馬鹿げた話が……いや、そう一刀両断して切り捨てるわけにもいかない。
馬鹿げた話など、もう私は、嫌というほど体験しているのだから。
「遠いけど、もう一人で行けるでしょ。それに、向こうの家には文雄も居るから───久しぶりに話でもしてきなさいな」
「───文雄、お兄……」
母さんのその言葉に、今度は梢が反応した。彼女はそれまで進めていた箸をピタリと止めて、何かを考えるように目を見開く。
そうか……梢は、
だが、考えろ。もしもこの事態があのフルールによる周期の変更だとするなら、これは紛れもないチャンスだ。この派生イベントに向かえば、もしかしたらこのループを止めることのできる何かが得られるのかもしれない。
「───わかった。私、行ってくる」
それが私の、与えられた試練への回答であった。
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