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第7話 悪魔
灰となって掻き消えた、あの確かに存在していた少女。その面影さえも抹消してしまった現場を前に、私とフルールは立ち尽くす。人が消滅する場面はあまりに現実味を無くしていて、それ故に信じ難い光景であった。
「……消えちゃった、の?」
私の戸惑いを隠せない質問に、フルールは静かに頷いた。
「死んだわ。あれは……少しばかり暴れすぎたから。こうでもしないと、もっと取り返しのつかないことになると判断したのよ」
「……」
あの存在が消えてからは、一気に辺りは静かになった。あるのはただ、夜風の吹く音と、虫達の声。先ほどとは別次元にいるかのような感覚───しかしそれでも、まだこの手は震えていた。
「怖かった?まあ、無理もないわね。あんな狂ったバケモノに襲われたら、恐怖するのもおかしくはないわ」
「……あれは、明らかに人間じゃなかった」
「あら、立ち直りが早いわね。それなら私も楽で助かるわ。メンタルケアなんて、面倒なだけだし」
「あなたは、知っているんでしょ?あのパラノイアが、一体何者なのかを」
その疑問に彼女は再び頷き、その詳細を初めて語ってくれたのだった。
「───悪魔。あれは、そう呼ばれる類のものよ」
「あ、悪魔……?」
「もうそこまで驚かないわよね。なんせあなたは、時間軸のループや、さっきのファンタジーじみた光景までもを体験しているんだから。……そろそろ、常識が麻痺してきた頃合いかしらね」
くすりと笑うフルール。そして次の瞬間には、あっけなく次の告白もされてしまっていた。
「私も悪魔の種族なの。パラノイアと同じ、人間とは異なる存在」
それはあまりに突然のもので、しかし不思議なことに、あまり衝撃を与えるものでもなかった。
「まあ、薄々気づいていたことでしょう。こんな背丈の低い人間が、別次元だのなんだのを口走っていた時点で。……ふふっ」
「……悪魔って、一体なんなの?何が目的で、この世界に存在するの?」
「それは悪魔によって違うわね。まあ一貫して言えるのは、悪魔は皆、自分の欲求のために人間に近づくということくらいかしら。───あのパラノイアの場合は、風町文雄を束縛したかったのよ。自分がいつまでも、この街で都合の良いように、彼を眺めていられるようにね」
「───」
悪魔。その存在意義を彼女は淡々と説明してくれた。しかしそうだとするのなら、この目の前の……フルールという悪魔が求めるものとは、果たしてなんなのだろうか。
「───私の欲求は、あなたを救うこと」
その疑問が先回りされ、口に出された。彼女はいつもと同じ冷静で落ち着いた声音でそこまでを言うと、私に背を向けて続ける。
「こんなループ現象からあなたを救い出して、自由の身にさせること。それこそが、私の至上目的、夢、野望よ」
「ちょっと待ってよ。……そんなことをして、あなたになんの得が───、」
「それ以上は言えないわ。……今はね。でも、いつかわかる日が来る。私はそう、信じているから」
意味深な言葉の羅列。相手が悪魔だとわかっても、やはり彼女はどこまでも掴めない存在であった。
「それはそうと、あなた、私の与えたヒントには気づけたの?」
「……ヒントって、やっぱり、あったの?」
「それは無論よ。言ったでしょう?この街には、あなたの言う『ペンデュラム』についてのヒントがあるって。安心しなさい、悪魔は嘘は吐かないものよ。くすくすくす……」
そうは言われても、私にはまるでわからない。そもそも提示されていたことさえ、気づけていなかったのだ。
彼女の言葉を信じるのならば、この帰省の中で、確かにそれは存在したのだろう。しかし……その正体とは、なんなのか。
───もちろん一番印象に残ったのは、パラノイアの存在なのだが。
「……パラノイア?」
そう口にして、私は考える。
彼女は文雄をこの街に束縛させるために、彼女なりの異能をはたらき、彼にありえない夢を見せたのだ。
そうすることで文雄をこの場所に束縛し、離さないようにした。つまり文雄を縛り付けていたのは、第三者の意図ということになる。
それは……私にも言えることなのではないのか?
私の体験しているこの『ペンデュラム』でさえ、誰かの掌で受けている拷問……?だとするなら、それに気づかせるためにフルールが私をこの街に、文雄に、パラノイアに接触させた……?
───これが、フルールの言うヒント。
「つまり私も、誰かの意図で操られているってこと?文雄のように、誰かに縛り付けられて、こんな目に遭っているっていうの?」
「───。さすが。気づけたようね」
彼女は乾いた拍手を私に向かってしてみせる。というよりも私は、それ以前に彼女のその態度に違和感を感じ始めた。
「……帰省する前の言動といい、今の正解宣言といい、あなたはその様子だと、私を苦しめているその犯人について、知っているみたいだね。それなのにどうしてそれを教えてくれないの?私を救いたいくせに」
少しだけ敵対するような口振りで尋ねてみた。すると彼女はやはり笑って、結局いつも通りに茶を濁してしまう。
「……さあ、どうしてでしょうね───って突き放してもいいんだけど、これだけは教えておくわ」
空気が揺らぐ。彼女に反応するかのように。
「───私はあなたに気づいてほしいの。自分で見つけなさい。答えは……自分自身で」
「───」
夜の闇が、うっすらとその匂いを引いていた。
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