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第9話 次のヒント
「ここなら、いいかな」
夜の公園は静けさに包まれ、暗がりを照らすのは街灯のみであった。
やはり東京の夜と福岡の夜はまったくの別物であるということを、つくづく実感する。ここと向こうとでは、虫の鈴音が違う。
だがそうだからといって、どちらの方が良いだとか、そういう話がしたいわけではない。その両方には、それぞれの魅力があるのだ。
私は育った東京の空気も、祖父母のいる懐かしい福岡の空気も、どちらも好きなんだ。
私は適当なベンチに腰掛けると、辺りを気にしてから声をかけた。
「───フルール」
その一声で、空気が変わる。ふっとした直後、それは少し重く、妖しい気配を漂わせたのだ。そして、
「はーい、出てきたわよ。ごきげんよう、花音」
「……ここなら、話せるかな」
「ええ、もちろん。わざわざ人気のない場所を選んでくれてありがと」
時刻は23時頃。さすがにこんな時間帯に公園に来る者も少ないだろうと思い、私はこの場所を選択したわけなのだが、どうやら彼女から見ても及第点らしい。それなら、と、私はさっそく本題に入った。
「フルール。まずはこの状況を整理してみるけど、いい?」
「ええ、どうぞ。聞いてあげるわ」
じゃあ、と私は口を開き、彼女に向かって言葉を並べ始める。
「まずは私の置かれているこの状況……『ペンデュラム』だけど、これによって私は終わらない8月を繰り返している。31日が終わって、次に始まるのが別の世界線の1日っていうことになる」
「ええ、そうね。あなたはそれを、22度繰り返してきたわけだわ。今は、23回目の『ペンデュラム』を体験している」
「『ペンデュラム』がどうして起きるのか、その原因は不明───だったけど、すべての真相を知るあなたのヒントによって、私は福岡の家で一つの答えを打ち出した」
「ええ、その通りよ。それこそが、誰かの意図という答え」
私イコール文雄だとして、文雄はパラノイアという悪魔に束縛されていた。二度とあの街から出ていかないように、彼に暗示をかける形で、だ。
「だとするなら、私をこんな目に遭わせている黒幕もまた、文雄のときみたいに悪魔の仕業だとも言えるよね。そこまでがヒントの範囲なら、っていう考え方だけど」
しかし私のそれについて、フルールは小さく笑い茶を濁した。
「さて、それはどうかしらね……。黒幕が悪魔か、人間か───そこまでは明言できないわ」
「……やっぱり、教えてくれないんだね」
「ええ、私はあなたに気づいてほしいから。……そのために、私という悪魔が生まれたんだもの」
「悪魔……。悪魔はたしか、自分の欲求のために生まれて動くって話だったね。たとえばパラノイアだったら、文雄を束縛するため。……あなたの場合は、私を救うため」
「そうね。私はあなたを救いたい。だから、生まれた。だから、気づかせた。───文雄やパラノイアという材料を使って、人形劇をして魅せた」
「じゃあ、私の要求に答えて」
そこで私は息を吸い、それを吐き出す。彼女に求めるものは、単純だ。
「───そのヒント、まだまだ欲しいの。私が気づけるように、あなたから」
「……へぇ。ずいぶんと積極的になったわね」
「でも、あなたにとっては美味しい話のはず。なんせあなたは、私に気づかせることが目的なんだから。それなら、ヒントだって与えてもいい立場のはずでしょう」
「ふふっ、まあね。むしろ私の方こそ、これからもそうしていく算段よ。───なるほど、単純明快なほど、利害は一致しているわね」
そこで彼女はドレスを翻し、夏の闇夜に顔を向けて、私には背を向ける。
「実はね、もう次のヒント……用意してるのよ」
振り返る。フルールの双眸に射抜かれる。悪魔の少女はそんな私に微笑を一つ浮かべると、それから語った。
「───弓道部。そこが次の舞台よ」
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