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○台所
冷蔵庫の扉を開け、食材を手に取る博。
灯「自炊するの?」
博「あぁ。白雪姫の世界で、他人が作ったものを食べるなんて、自殺行為だからな……」
毒がばら撒かれた、この話の世界。他人が調理した物はもちろん、他人が育てた食物も信頼出来なくなってしまった。
博「人々は畑を持ち作物を育て肉や魚は狩る。毒がばら撒かれて以来、近代化が進んだこの世界で、食に関する店は一軒もない」
灯「そう……なんだ……」
博「まぁ、毒が撒かれる以前も、私は自分で調理したもの以外、口にしなかったが……」
さすがに食材はスーパーで購入していたが……。潔癖症の博は、毒がばら撒かれる以前も、他人が調理したものなど口に出来なかった。
~
しばらくして、ぐつぐつと煮え立つ鍋から食欲をそそる匂いが溢れる。
灯「良い匂い……」
博「料理の腕には自信がある。良ければ、赤ずきんも食べるか?」
灯は満面の笑みで、コクコクと頷いた。
博(可愛い……)
灯の笑顔に心を奪われる博。鍋から視線を外し壁と向き合って、高鳴る心を落ち着かせようと必死だ。匂いに釣られて響太まで台所に入って来た事など気づきもせず……。
響太はおたまをひょいっと持ち、鍋で煮え立っているシチューをすくうと、ズズっとすすって口に入れた。
響太「うめぇ!」
瞬時に、博の視線が鍋の方へ戻される。怒りで震えた彼は、狼からおたまを勢いよく奪った。
博「貴様にはやらん!」
響太「あ゛?」
○ダイニング
響太に口をつけられたおたまは破棄し、新たなおたまでシチューを二人分皿に盛る。テーブルの上にはシチューと、博が今朝焼いたというパン、サラダが並べられた。
灯「美味しそう! いただきます!」
幸せそうな表情で料理を口に運ぶ灯をしばらく見つめた後、博もシチューを口にする。
灯「あのさぁ、可哀想だから狼にも……」
灯が響太にも料理を食べさせて欲しいと願い出た時……。
博「うっ……」
急激な腹痛が博を襲う。腹を手で押さえ、倒れこむ彼の顔色は真っ青だ。
灯「え……? だ、大丈夫!?」
灯は慌てて、倒れた博の傍に駆け寄った。
○病院
医師「軽く、やられましたね……」
黒縁メガネの医師は、問診を淡々とこなし、ニ、三回聴診器を博の腹部に当てただけ。
博「軽くだと!? 今も腹痛は治まってはおらぬぞ!」
医師「意識もあるし私に怒る元気もあるのだから、軽いですよ。そのうち腹痛も治まるでしょう」
医師は面倒そうに口を動かした後、早く帰れとでも言いたそうな顔で、出口を示す。その対応の悪さに、フンっと鼻息を荒くはき出し苛立ちを見せた博は、示された出口へ向かった。
○警察署
病院を出た博は、自宅には戻らず警察署に立ち寄った。
警察官「狼に?」
博「そうだ! 私が目を離していた隙におたまですくっただけだと思っていたが、奴は毒を混ぜ込んだに違いない!」
警察官「そうですか……」
○博の家
博の話により、警察署から呼び出された響太。バカげた疑いを晴らそうと、一人博の家を出た。
灯「あいつは狼だけど、悪い奴じゃないわ! 毒なんて……」
灯も響太の潔白を博に訴えるが……。響太の悪事と信じ疑わない博によって、抱きしめられる。
灯「ちょ……っ」
博「赤ずきん、狼の事は忘れろ。君の事はこの私が守っていくから……」
灯「はぁ?」
潔癖症の王子の腕の中では響太の無実を証明する為、一刻も早く毒をばら撒いた黒幕を探し当てようと、灯は決意を固めたのだった。
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