心は闇に囚われる

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『落ち着いて聞いて欲しい、遼……小山がさ、交通事故で亡くなったそうだ』  携帯越しの親友の高寄幸樹の沈痛な声に心臓がドクリと音を立てた。 「えっ……?ウソ?二人目だろ……これで……」  俺たちは関西では知らない人が居ないくらいの、そして経済的にも恵まれた人が通っているとされている――中には確かに万年金欠なヤツもいるが、そういうヤツに限って金遣いが荒い――大学の二回生だ。 『そう……ウチのゼミから二人目だ……これで。ところで通夜とか行くか?』  スマホを握った手が冷たくなる。一人目は……自殺だった。お通夜の席ではご両親が身も世もなく泣き咽び、ウチの大学の付属高校に在籍中の弟が悲しみを押し隠して参列者に挨拶をしていた。冷たいようだけけど、ああいうのはもう見たくない。 「お葬式だけ出るよ。こーきはどうする?」 『そうか…遼がそうするなら、オレもそうしようかな……なんかさ……居た堪れないもんな、特にお通夜は。中村の時もそうだったし……お葬式の時はご両親も少しは落ち着いてた』 「……なぁ、こういうのって続くのかな?」  我ながらバカなことを聞いたものだと思う。中村は自殺……といっても別に悩んでいた感じでもない。どちらかというと楽天的で明るい性格だった。お通夜はお寺ではなく自宅で営まれたが、高級住宅地として名高い場所に建つ豪邸だった。大企業の重役を務める父親と、良家の奥様といった上品な母親。大学のネームバリューも申し分ないし、恋愛をしていたとか失恋したとかとは全く聞いていない。 『そうだな……あの合宿の参加者が二人も……だろ?何かヘンなモノでも憑いてきたとか』  普段は明るい幸樹だが、湿っぽい口調はあながち冗談ではなさそうだ。 「でもさ、あそこってウチの大学の施設だろ?心霊スポットじゃないし、そんなウワサも聞いたことがない。ウチの大学に自殺するヤ……じゃない……人ってあまりいないって聞いてる。就活だってまだ始まってないし」  就職活動では色んな企業に落とされて悲観して自殺とかって新聞では読むけど、まだまだ他人事だ。それに中村のお通夜とお葬式にはお父様の会社の社長まで来ていた。日本有数の商社の重役をしているお父様がいるんだから、就職だってコネもバッチリなハズ。 『それはそうなんだが……。何かさ、小山の事故……警察が不審に思って調べてた』  幸樹は一言で言うなら誰からも好かれるし、頼られるヤツだ。人見知りする俺とは違って色々な人脈を持っている。お互い浪人することなく大学に無事に入学して、新入生対象の説明会で知り合ったのが切っ掛けで、それから一番の親友になったけど……幸樹の方が友達は多い。 「調べてた?だって、普通は調べるだろう?交通事故なんだから。事故った人は必ず警察に連絡しないといけないだろう?もしバッくれたら罪状が重くなるし」  これでも一応法学部だ。幸樹もだけど。その位のコトは知っている。 『いや……それがさ……ほら、いつか行ったレストラン有るだろ?遼がさ、オニオンスープが気に入ったトコ……あの176号線の……六車線のトコ。歩道橋じゃなくて、道路にぼーっと立ってたらしい』 「え?ホントに?そんなの自殺行為……」  そう呟いて怖くなった。幸樹の車で行ったレストランは良く覚えている。オニオンスープのことじゃなくて、車が物凄いスピードで走っている場面を。 『ご遺体も……酷かったって』  心霊スポットは結構好きな俺だけど、スプラッタは嫌いなことを幸樹は知っている。だからワザとぼかしてくれたんだろう。 「でも……事故って判断されたんだろ?」  しばらくの沈黙。 『……自殺の原因がなかったから、一応警察の公式見解は事故ってコトになった』 「でも……」 『ああ、オレも疑問に思っている。ただ、事故か自殺で……他殺ってセンはないって』  ちなみに幸樹のお父さんは警察庁勤務で……だから幸樹はウチの大学では珍しい部類に入る下宿組だ。幸樹が国公立――それも東大――に入れなかったことで、とても落胆させたらしい。多分、幸樹が父親か、その部下にでも確かめたんだろう。H県警にも知り合いは居るって聞いてるし。 「……それで……お葬式はいつ、どこで?」  場所と時間を聞き出して、待ち合わせの時間と喫茶店を決めてから、いつものように無駄話をすることもなく通話終了をスライドさせた。幸樹も俺もそんなに親しかったわけではないけど、大学が――三回生になって専門のゼミを決めるまでのクラスメイトを作らせようと――決めてくれたゼミの中から二人も死者が出るなんて。  クーラーの冷気じゃなく、背筋がゾクっとした。  楽しかった夏合宿の日、あの時は二人とも屈託のない笑顔を見せて笑っていたのに……それが一体、何でこうなるんだろう? スマートフォンじゃなく、大学で配られたモバイルPCを悲しい気分で起動させた。ネットに繋ぎ、フェイスブックの画面をクリックする。夏合宿で皆が共有している画像を見る。そこには、中村も小山も当然写っている。それが何で、菊に囲まれ黒いリボンをかけた写真に収まらないといけないんだろう? ゼミの夏合宿は、担当教授が率先して行ったものだ。三泊四日で大学の付属施設――といっても、大学からバスで7時間もかかる高原だ。冬はスキー部の練習場としても使われる。 「司法試験対策」というのは名ばかりで、皆の親睦を深めるために毎年行われると聞いていた。ゼミに所属している学生は全員参加が原則で、実際一人も休んだ人はいなかった。  画像を一枚一枚見て行く。  まずは集合写真。ロマンスグレーで紳士然とした憲法が専門の上野教授を真ん中に陣取っている。高原なのにスーツ姿がミスマッチだ。その隣が大野さん。「さん」付けするのは、皆よりも8歳年上だからだ。医学部なんかでは珍しくないんだろうけど、一般学部では珍しい。しかも一回大学院を卒業してからウチの大学に入り直したそうだ。詳しいコトは聞いていないけど。教授の秘書的な仕事もしているので、あまりオレたちとは接点がない。話しかけると気さくな人だけど。  そして、その横にはさっき電話で話した高寄幸樹。思慮深そうな黒い瞳と秀でた鼻梁がとても目を引く。それに手も足も長いし、法学部の中だけでなく他の学部にもファンの女の子が居るっていうのも頷ける。でも、彼女は居ない。  その横で笑っているのがオレ。染めているわけじゃないけど、茶色っぽい髪に、細い手足が少しコンプレックスだ。ウチの学部には女の子が一割しかいないんだけど、その子達から「女装すれば美少女」という、男としてどうよ?と思う評価を貰っている。  ああ、こんなことを考えても現実逃避だ。中村と小山ももうこの世の人ではないという現実から目を背けていた。
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