鷹と雛(三)[現在]

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「雛」  腰を下ろし、雛と目線を合わせる。 「疲れたか?」  急に見知らぬ女性に取り囲まれ、風呂に入れられ、人形のように着飾られたのだ。気疲れしてもおかしくはない。  小鳥たちによって手入れされ、艶の出た髪を撫でると。小さな手が、菖蒲の腕を捉えた。しがみつかれた箇所から、振動が伝わってくる。 「雛?」  名を呼び、震える手を握った。 「どうした。何かあったか」 「……てなの」 「何?」 「女のひと、苦手なの……」 「女、か」  おそらく、母親の影響だろうと菖蒲は考えた。満足な食事を取っているとは思えない、痩せ細った身体。いつから着ているのか分からない、汚れた服。そして極めつきは、山中への置き去り。日頃どんな扱いを受けていたかは自ずと分かる。 「雛、顔を上げろ」 「……はい」  この従順さすらその結果なのだろうと思うと、妙にいらいらした。 「目の前の、赤い着物を着ているのが一葉(ひとは)。その右にいるのが二葉(ふたば)だ」 「一葉さんと、二葉さん」 「そうだ」  雪菜、(あざみ)(かすみ)……。小鳥たちを順に紹介していくと、雛は時折復唱しながら彼女たちの姿を目で追っていた。 「女のひと、などというものはここにはいない。いるのは、今名を挙げた者たちだ」  あえてそう言い切ると、雛は菖蒲を見上げてきょとんとした。 「全て鳥のあやかしだが、儂の許可なく人に危害を加えることはないので安心していい」 「そう、なの?」 「ああ。──ここに来る以前のことは忘れろ。どこでどのように飼われていたとしても関係ない。もうおまえは、うちの鳥だ」  人の常識など、あやかしの世では意味を成さない。あやかしにも性はあるが、人のそれよりは遥かに自由だ。性別によって行動を制限されることはなく、また、相手に何かを強いることもない。ここでは、力が物を言う。雌雄どちらであるかなどというのは、大した問題ではない。 「己の枷となるようなものは捨てていい。居場所も、常識も。代わりのものは、全て儂が与えてやろう」
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