鷹と雛(三)[現在]

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 菖蒲は、人を襲うことも救うこともせず、己の心の赴くままに生きている。どうせ生きるのなら、生きる意味をぐだぐだ考えるより、楽しく生きた方がよいと考えている。だからこそ、目の前で死んだ魚のような目をされるのは気に食わない。 「……ごめんなさい」 「何を謝る?」 「苦手、って言ったこと。優しく、してくれてたのに」  しゅんと頭を垂れる雛に、一葉が明るく言った。 「気にしなくていいのよ。そもそも、あやかしだというだけで、人には気味悪がられるものなのだから」  確かにそうだ。普通の人間なら、女がどうこうよりもあやかしだらけの空間に連れてこられたことを気にするだろう。そういう意味では、随分肝が座っている。 「あやかし? は、別に怖くないの……」 「そう、よかった」 「菖蒲様」  振り返ると、露草(つゆくさ)が部屋の入口に立っていた。 「お食事の用意が整いましたが」 「分かった。今行く」  食事、という言葉に反応してか、きゅうっと腹の虫が鳴った。雛が顔を赤くして俯く。 「今は何も考えなくていい。食事を取って、今日のところは早く寝ろ」 「……はい」  露草に連れられ、雛が部屋を後にすると、それまで静かにしていた霞が口を開いた。 「菖蒲様。あの子は『男子(おのこ)』ですよね?」 「──そうだ」  人もあやかしも、その身に命の()を宿している。あやかしは鼻が利く。命の灯の香りで、男女の別も大抵はかぎ分けられる。  風呂に入れた小鳥たちはもちろんのこと、菖蒲もまた、雛が男だということは分かっていた。しかし霞が戸惑うのも無理はない。彼の容姿、「わたし」と称する言葉遣い、命の灯の香りさえもが、女性寄りなのだ。  命の灯については、たまにそういう香りの者がいる。男にしては甘く、魅惑的な香りを放つ者が。前世が女性だった者に多いと聞くから、雛もそうなのかもしれない。ただ、肩まで伸びた髪やあの言葉遣いは、まだ幼い雛が自ら選択したものとは思えない。  小鳥たちも短時間ながら雛と接して、何か感じるものがあったのだろう。 「菖蒲様。ひなちゃん……一度も笑いませんでした」  一葉の言葉に、二葉が続く。 「明日は、笑顔も見たいわ」  菖蒲もまだ一度しか見たことがないが、笑顔の雛は子どもらしい愛らしさに満ちている。 「そうだな。引き出してやってくれ」  菖蒲がそう言って微笑むと、小鳥たちは揃って頷いた。
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