鷹と雛(四)[過去]

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鷹と雛(四)[過去]

「──子が生まれる?」  梧から子どもの存在を打ち明けられたのは、初夏の出来事だった。 「ああ、秋には生まれているだろうな」 「どう、して」  梧が子を望んでいるなどという話は聞いたことがなかった。(つがい)どころか、近頃はろくに遊ぶことすらせずにいた男が、なぜ急に。 「訳なら、以前話しただろう。その時が来ただけだ」 ──欲しいと思う者が現れれば、(さら)ってでも俺のものにするんだがな。  確かに聞いた。しかし、やはり納得が行かない。上位のあやかしにとって、子ができるということの意味は重い。 「梧、分かっているのか」  上位の、強い力を持つあやかしほど繁殖力は弱い。強いあやかしが次から次へと生まれてくることはない。おそらくそこには何らかの大きな力が働いていて、場の均衡を調整しているのだろう。  あやかしの子が生まれるときは、同じだけの力を持ったあやかしが消滅するときだといわれている。 「上位のあやかしに子ができるときというのは、そのあやかしの消滅が近いときだと聞く。おまえ、死ぬのか?」  既に、消えてもおかしくないほど永く生きてきたことは知っている。それでも、この男がいなくなるということが信じられない。 「どうだろうな」 「子をつくるということは……そういうことだろう」 「代替わりの消滅、か。あれは絶対ではない。下位や中位のあやかしが複数一度に消えたときに、上位のあやかしが生まれてきた例もある」  まあ、と梧はいつもの飄々とした調子で言った。 「これが消滅への道だとしても、構わない。俺が選んだことだ」  梧は、どこまでも梧だった。子は生まれ、この男は消える。菖蒲はそう確信した。己の一部が凍りつき、剥がれ落ちていくような感覚がした。 「……どんな女だ。そこまでして手に入れた女というのは」 「人の身で、俺を殺そうとしてきた。変わったやつだ」 「人、だと?」  人はあやかしを産むようにはできていない。大抵は出産と同時に命を落とす。梧のように力あるあやかしの子なら、なおさらだ。 「訳が分からん。手に入れても、その女は子を産んだ後に死ぬだろう。ついでにおまえ自身も消える」  何がしたいのか分からない。首を捻る菖蒲を見て、梧が笑った。 「さあな。俺にも分からん」
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