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「でも……おかしいと思ったわけではないのなら、どうしてさっき笑ったんですか?」
「さっき?」
「わたしが、自分の命と引き換えに子どもを生みたいと思っているわけではない、と言ったときです」
「ああ……」
菖蒲は先程の会話を反芻するかのように、視線を上にずらした。
「数年前のおまえならぱ、自分は死んでも構わないから俺との子が欲しい、と口にしていた可能性も、少なからずあっただろうと思ってな。そうは言わないところに、成長を感じたというか、安堵したというか……。そんなところだ」
「成長」
「死んでもいい、と。初めて会った日、俺にそう言ったな」
「……はい」
「あのとき俺は、ならば全力で生かして、いつか死にたくないと言わせてやろうと思った。まあ、一種の嫌がらせだな」
「嫌がらせ、だったんですか」
彼らしい言い回しだなと思い、雛は笑った。嫌がらせだと言われても、不思議と嫌な感じはしなかった。
「少なくとも、親切心からではなかった。死んだような目をして、何もかもどうでもいいと言わんばかりの態度が気に障った。だから、死んでもいいと言うおまえに対して、真逆のことをした」
確かに死んでもいいとは言ったが、積極的に死にたがっていたわけではない。菖蒲に拾われ、あのとき死なずに済んだことは、雛の人生で最も幸福な出来事だと思っている。
菖蒲の言うところの「嫌がらせ」のおかげで、自分は今こうして生きているのだな、としみじみしていると、突然意外な言葉が降ってきた。
「見た目が気に入った、というのも生かした理由のひとつではあるがな」
「……はい?」
「顔色は死人のように悪かったが、好みの顔ではあった。それが、成長を見守ることにした一因でもある」
「こ、のみ……」
「ああ」
からかっているふうでもなく、淡々と菖蒲は言った。そのことが、余計に雛を落ち着かなくさせた。それではまるで──初めから雛のことを好きだったみたいではないか、と。
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