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「雛。入るぞ」
返事を待たずに中に入る。布団の中にいるのかと思いきや、部屋の隅の方で縮こまって座っている。菖蒲はその弱々しく震える生き物の前で膝を折った。
「体調はどうだ?」
「……ご、めんなさい……」
「何を謝っている?」
「……お着物、汚して」
「汚れたら洗えばいい。それで使い物にならなくなるようなら、その着物の寿命が来たというだけのこと」
「ごはん、せ、っかく、つくってもらったのに」
「わざと吐き出したわけでないのなら、気にすることはない」
「みなさんに、迷惑……」
後ろ向きな言葉が湯水のように溢れ出てくる。本当に手のかかる小鳥だと思いながら、菖蒲は雛を腕の中に囲い込むと、その額に口付けた。
「雛、一旦黙れ」
「は、い」
きょとんとした黒い瞳の奥に、菖蒲が映り込んでいる。
「いいか、雛。儂はおまえの『母親』ではないし、その役割を肩代わりする気は毛頭ない」
「……はい」
「わざわざ他人を叱りつけるような面倒なことはしないから安心しろ」
こくん、と雛が頷く。
「叱ることがあるとすれば、無断でここを出ていったときくらいか。勝手に出ていくことは許さない。まだ、食うかどうかも決めていないのだからな」
また、雛が頷く。身体の震えは止まったようだ。
「この屋敷の中にいる間は、おまえの好きに生きろ。うちの小鳥たちも、おまえのために生きているわけではない。己が嫌だと思ったなら、世話などしない。──誰かの顔色を窺うのは、もうやめろ」
「……がんばり、ます」
はい、と言わないところが、つくづく雛らしいと菖蒲は思った。
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