鷹と雛(六)[過去]

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 菖蒲は変化を解き、鳥の姿で宙に舞い上がった。風に、血の匂いが混じっている。 ──あやかしどうしの争いでも起きたか。  巻き込まれるのは面倒だが、様子は見ておきたかった。ただでさえ梧の消滅後は、上位のあやかしの縄張り争いで不穏な動きが増えている。周囲の状況に無頓着でいては、いつ足元を掬われてもおかしくない。  上空から見下ろすと、見えたあやかしの影はふたつ。しかも、既に決着はついているようだった。  菖蒲は彼らから少し距離を取って着地した。噂通りの白髪に、赤目。傍らには、狼のあやかしが倒れている。もう半分ほど消えかけていて、完全に形が失われるのも最早時間の問題だ。幼子の姿をした蛇の身体には、相手のものと思われる血が付着していた。 「──派手にやったな」  菖蒲が声をかけると、蛇が素早くこちらを振り向く。菖蒲は再び姿を人のものに変えた。 「そう殺気立つな。おまえとやりあうつもりはない」 「……」 「その狼は、以前見かけたことがある。狼のあやかしの群れを率いていた。なぜ消した?」  上位のあやかしとして生まれついたものの中には、支配欲が強いものもいる。幼いうちから周囲に力を示し、他者を従える。そういう性質は、上位のあやかしには決してめずらしいことではない。だが、と菖蒲は思う。それは──梧には無縁の性質であったなと。  蛇は、表情を変えずに答えた。 「俺の前で、人を食おうとした」 「──人を?」  人に対して好意的なあやかしというのも、もちろん一定数いる。しかしそれは、ある程度永く生き、人と触れ合う中で獲得した価値観であることが多い。数年しか生きていないあやかしが、人の生死などわざわざ気にかけるだろうか。 「それを(いと)うたのは、おまえの母が人だからか?」  真実、梧の子であるならば。母親は人間だ。人に肩入れするのはその影響だろうか。蛇はひとつまばたきをし、白い頬に付いていた血を袖口で拭った。 「おまえには、関係ない」  感情のこもらない声だった。赤い瞳には何の光も宿っていない。外見以外の何もかもが、梧とは違う。菖蒲は目の前の子どもに、失望に近いものを感じていた。 「蛇。名は何という」  あやかしの子は、大抵腹の中にいる頃から意識がある。外から聞こえてくる音や声も概ね理解している。そしてその記憶を持ったまま生まれてくる。だからおそらくこの蛇は、母が人であることも知っていただろうし、親が名付けていれば、己の名も知っているはずだ。  一瞬の間を置いて、(えんじゅ)、と蛇は答えた。
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