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鷹と雛(七)[現在]
「何だ、先祖返りも一緒か」
「俺がいては何かまずいですか?」
「いや、構わん。保護者同伴というやつだろう?」
「保護者じゃないです。恋人です」
茅萱が少しむっとしながら答えるのを、菖蒲は微笑で受け止めた。
来るのは柊だけかと思っていたが、迎えに行った燕が連れてきたのは柊と茅萱の二人だった。もちろん、茅萱がいてまずいことなどありはしない。柊と比べると表情豊かで、からかい甲斐がある。これはこれでおもしろくていい。
冷静さを取り戻した茅萱が、菖蒲様、と口を開いた。
「柊が指導する前に、雛ちゃんが何をどこまで知っているのか、確認しておいた方がいいと思うんです。既に知っていることを教えても意味がないですし」
なるほど、それが同伴の理由か。柊だけでは、雛の状況を正確に把握できないと考えたのだろう。つくづく人が好い。
「──雛、入るぞ」
一言断りを入れ、菖蒲は雛の部屋の戸を開いた。こちらに背を向ける形で机に向かっていた雛が、上半身を捻って振り返る。
「しょうぶさん」
机の上には、小さな赤い鶴がいた。小鳥たちから折り紙をもらったらしい。近付き、手に取ってみると、紙の端と端とが綺麗に合わせられており、几帳面な性格が窺えた。
「随分丁寧に折ったな」
「……」
どう応えていいか分からないとき、雛は視線を落とす。長い睫毛が、青白い肌に淡い影をつくっていた。
「その子が、雛ちゃんですね?」
戸口から、茅萱が問う。
「ああ。雛、いいか。手前にいるのが茅萱、その後ろにいるのが柊だ」
「ちがやさん、と。ひいらぎさん」
「そうだ。今日からおまえに『先生』をつける」
「先生……」
「人の世では『学校』に通っていたのだろう? 使わなくなれば、頭も身体も錆びつく。それに、することがなくては暇だろう」
菖蒲は手招きし、茅萱と柊を呼び寄せた。
「嫌だというなら無理強いはしない。ひとまず、暇潰し程度にやってみろ」
「……はい」
今のところ、嫌がっている様子は見られなかった。菖蒲にしても、否が応でも勉強させたいと思っているわけではない。柊との相性がよくなかったり、勉強に拒絶反応を示すようなら、そのときはすぐにやめさせるつもりでいた。
「雛ちゃん? 初めまして。早速だけど、少し教えてもらいたいことがあるんだ。訊いてもいいかな?」
「大丈夫、です」
茅萱が雛にいくつかの質問をし、柊は側で二人の会話に耳を傾けていた。
柊は槐の子だが、槐にはさほど似ていない。梧の全てを引き継いだのは、今のところ槐だけだ。おそらく槐の子が生まれることはもうないのだろうから、槐が消えれば、何もかも、消えてなくなるのだ。
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