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「菖蒲様。少しよろしいですか」
「ああ」
「今後のことについて相談したいのですが──一旦、出ませんか」
茅萱が戸を指差す。雛の前では話しづらい、ということか。
「そうだな」
「とりあえず今日は本を何冊か持ってきたので、雛ちゃんが読めそうなものがあれば、置いていきますね」
そう言うと、茅萱は鞄ごと柊に手渡した。
「柊。雛ちゃんと一緒に、本でも読みながら待ってて」
「分かった」
雛を柊に任せ、菖蒲は茅萱と共に部屋を出た。適当な部屋に入り、戸を閉める。腰を下ろすことはせず、茅萱が固い表情で口火を切った。
「菖蒲様は、雛ちゃんの事情をどの程度把握されているのですか?」
「事情、とは?」
「俺がこれまでに聞いたのは、雛ちゃんが山に迷い込んでいたこと。それを菖蒲様が保護したこと。それだけです。もし本当に、それだけのことなら──雛ちゃんは親元に帰すべきです」
茅萱はあやかしの血を引く先祖返りだが、その本質は人だ。人間の子どもをあやかしの側になど置いておけないというのは、当然の主張だった。
「……誤解しないでほしいんですけど、俺は別に、人は人の中で暮らすのが幸せだとまでは、思っていませんから。事実、俺はあやかしである柊といて幸せですし、芹君だってそうです。あやかしであろうと人であろうと、相手が望まない関係を強いるべきではない、というのが俺の考えです」
「なるほど。つまり、年端も行かぬ子どもを拐かしたことが問題だと、そういうことだな」
「まあ、そういうことです。ただ……」
「ただ?」
茅萱は苦い顔で息を吐いた。
「今年、十三歳になるそうですね。雛ちゃん」
「十三……」
「とてもそんなふうには見えません。中学に上がる年齢の男子の体つきではないし、学習についても十分ではない。おそらく、学校にも毎日しっかり通えていたわけではないと思います」
きっと茅萱の推測は正しい。体格だけでなく、雛の言動には年の割に幼いところがある。それは、同年代の子どもと触れ合う機会を得られなかったからではないのか。
「雛は、母親の意向で山に来たのだと言った。あやかし憑きかどうか、確かめるためだと」
「……神社の資料で見たことがあります。あやかしを人から剥がす方法のひとつですね」
「本気でそれをやったと思うか?」
「いえ。昔でさえも、それは様子のおかしい者を村から排除することが目的だったのではないかと言われているほどですから。ましてや今、そんなことを試す親はいないでしょう」
「雛自身もそれは察しているようだった。自分は親に捨てられたのだと。そして、死んでもいいと言った。だから、拾った」
「そういう、ことですか」
一呼吸置いて、茅萱は言った。
「雛ちゃんは、帰りたいと思っているでしょうか?」
「さあな。尋ねたことはない」
「──もし、雛ちゃんが元の暮らしに戻ることを望むのなら。俺は彼に手を貸すつもりでいます」
「なるほど、先祖返りと一戦交えるのも一興だな」
菖蒲が意味ありげに笑うと、茅萱も同じように笑った。
「そのときは、当然木蓮様や槐様を頼りますよ」
それはそれでおもしろいかもしれない、と菖蒲は頭の片隅で考えた。
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