鷹と雛(七)[現在]

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 翌週から、柊と雛の勉強会が始まった。茅萱が学習計画を組み、それに沿って柊が指導する。柊と雛の相性は、思いの外悪くはなかったようだ。二人とも多弁な方ではないが、それが却ってよかったのかもしれない。  予定していた内容が終わると、柊は次回までの課題を指示して帰っていく。それが週に三回ほど。柊が来ない日は、与えられた課題をこなしたり、本を読んだり、小鳥たちに構われたりしながら過ごす。学ぶことに抵抗はないらしく、口には出さないものの、柊が来るのを楽しみにしているような様子も見られた。  夜はまだ、菖蒲の部屋に置いている。うなされる回数は減ってきたが、何かから身を守るように縮こまって眠る様を見ていると、しばらくこのままでいいかと思う。別に、部屋に雛鳥が一羽増えたところで困ることなどない。  決まった時間に同じ布団の中に入り、雛に一日の出来事を訊く。たどたどしいおしゃべりは、そのうち微かな寝息へと変わる。それを確認することが、一日の終わりの習慣になっていった。  半月ほど経過した頃、雛がまた体調を崩した。雛の体温が通常より高いことに気付いた一葉から報告を受けた菖蒲は、(ふくろう)を呼ぶことにした。使いを送ると、昼過ぎに梟が屋敷を訪れた。 「今日の仕事は午前中で終わりだったのでよかったです。雛ちゃん、熱以外に症状は?」 「今のところないようだが」 「そうですか。じゃあ診てみますね」  柱に身体を預け、菖蒲は梟の診察が終わるのを待った。赤い顔をした雛は、いつにもまして大人しかった。 「これといった原因は見当たりませんね」 「そうか」 「最近、柊さんとお勉強を始めたって言いましたよね。少し、頑張りすぎちゃったんじゃないですか」  梟は雛の方へと向き直ると、優しく声をかけた。 「雛ちゃん、勉強も食事と一緒だよ。一度にたくさん詰め込まないこと。あまり、無理はしないようにね」 「……はい」  雛に横になるよう指示し、布団をそっとかぶせてから、菖蒲は梟を連れて部屋を出た。玄関が見える位置まで来たところで、菖蒲は言った。 「──で、原因は何だ?」  端的に問いかけると、梟はふふっと笑った。 「気付いてたんですね」 「顔を見れば分かる。何か雛の前では言いにくいようなことでもあったか」 「そうですね……。一応確認しておきますけど、菖蒲さんは、雛ちゃんのことを人の世に帰すつもりはありますか?」 「ない」  即答すると、梟の目が弧を描く。 「分かりました。では、それを前提にお話しますね。雛ちゃんのあれは、あやかしの気に当てられて起こる、人特有の病気のようなものです」 「病気か」 「はい。あるいは、体質。人の中には、あやかしが側にいるだけで体調を崩す者もいます。雛ちゃんも、どうやらそういうタイプだったようですね。軽い方なので、おそらくこれまでは特に何ともなかった。しかし、あやかしに囲まれて過ごし、さらに上位のあやかしであるあなたの側にいることで、症状が出た」  そこで梟は一旦言葉を区切った。 「人の世には、弱い毒を体内に取り入れることによって、その毒に抵抗する力を付けるというやり方があります。雛ちゃんをあやかしから遠ざけるのでなければ、すべきことは、あやかしの気に慣れさせるということですね。要するに、あなたの気を少しずつ雛ちゃんに送り込む」  気を送る方法はいくつかあるが、その基本は肉体的接触だ。手を握るだけでもわずかな量は移せる。効率を上げるなら、より「深い」接触が必要とされる。
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