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印には、あやかしの間でのみ通じる古い言葉を用いるのが習わしだが、何を書くかはそのあやかしによって異なる。己の名を書くものもいれば、一族に伝わる紋を書くものもいる。菖蒲は、印に使われることの多い「占有」を意味する言葉を、雛の手首の内側に書き入れた。
「何て書いてあるの……?」
「籠の鳥」
「ふうん……」
雛は手首を掲げ、赤い印をしばらく眺めてから、綺麗、と呟いた。
「そうか?」
「鳥の羽みたい」
とてもそんなふうには見えなかったが、雛がきらきらした目をして言うので、否定はせずにおいた。
横になったままで、腕だけ伸ばしてほうっと溜め息をつく。何がいいのかは分からないが、身体にあやかしの血がつくことを嫌がらなかっただけましか。
「ああ、そうだ。もうひとつ」
「え……? ん、むっ」
菖蒲は雛の頭の横に手をつくと、身を屈めて口付けた。微かに開いていた唇の隙間から舌を入れ、中の粘膜に触れる。なめらかな口蓋をたどり、舌に行き着く。全ての部品が小さくできている雛は、舌さえも、菖蒲のそれより薄く、短い。
「……っ、んぅ」
口の端から零れ落ちる啼き声を聴きながら、菖蒲は舌を絡め取った。身体を繋げずとも、力は十分移せる。少しずつ、慣れさせていく。焦る必要などない、時間ならいくらでもあるのだから。
少量の気を移し唇を離すと、雛が潤んだ目でこちらを見ていた。
「食事は後で部屋に運ばせる。今日はもうこのま休め」
「は、い」
布団をかけ直し、部屋を出ようとすると。
「しょ、しょうぶさん……っ」
「何だ」
呼び止められ、戸口で足を止める。雛は先程と同じように布団から小さな顔を覗かせて。
「お医者さんを呼んでくれたこと、それから、この、綺麗な印も……。……どうも、ありがとう……」
たどたどしく、礼を言った。
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