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鷹と雛(八)[過去]
槐の噂は、その後も菖蒲の耳に入ってきた。槐の強さはすぐに周囲の知るところとなり、しまいには、槐に近付くと命に関わるとまで噂され、蛇の棲みかには誰も近寄らなくなった。
ただ、それは菖蒲には関係のないことだった。槐とやり合う気は今のところなかったし、たとえやり合うことになったとしても、そう容易くやられるつもりもなかった。だから、度々槐の様子を見に行った。
何度か通ってからかいの言葉をかけるうちに、蛇もわずかながら反応を返してくるようになった。愛想など皆無、「何か用か」「俺はおまえに用などない」「帰れ」、このあたりが基本の流れだったが、蛇の無表情が崩れるのを見るのはおもしろかった。
後になって思えば、あれも結局は暇潰しのひとつだったのだろう。梧の子なら、何か思いもよらないことをやらかしてくれるのではないかと。そう、期待していたのだ。
蛇は、結果として三度、菖蒲の期待に応えた。一度目は、人と契約し、彼らの神となったとき。二度目は、屋敷を構え、七節や蛍を側に置き始めたとき。どちらも死にたがりの蛇にしてはらしくない行動で、菖蒲はそれをからかいの種としてしばらく楽しんだ。なぜそんなことをしたのかは、槐自身今ひとつ分かっていないようだった。
そして、三度目。あの生け贄の少女が現れなければ、槐の微笑む顔を見る機会など、決して訪れはしなかっただろう───
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