鷹と雛(九)[現在]

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鷹と雛(九)[現在]

 目が覚めても、終わらない夢。  雛はここでの生活をそんなふうに思うようになっていた。  朝起きると、小鳥たちが着物を選んでくれる。ほとんどの場合女物だったが、特に気にはならなかった。大事なのは、清潔でいい匂いのする服を毎日着られるということだ。  朝食の後は何をしていてもいい。誰にも、何も言われることはない。屋敷の周りを散歩してみたり、小鳥たちに着飾られたり、予習復習をしたり、本を読んだり。柊が来てくれる日は、一緒に数時間勉強をする。  柊は綺麗な魚のあやかしで、発する言葉は少ないがとても優しい。雛が勉強で行き詰まっても、分かるまで付き合ってくれる。そして最後には、にこりと微笑んで誉めてくれる。よくできている、頑張ったな、と。柊の言葉には、嘘がない。彼に誉められると、本当に自分はよくやったのだという気がしてくる。もっと頑張らなくてはと思う。  優しいといえば、小鳥たちも皆優しい。最初こそ、女性だというだけで身構えてしまったが、彼女たちは「あのひと」とは違うのだということはすぐに分かった。あのひとはいつも何かに苛立っていて、雛はその捌け口だった。小鳥たちもよくささいなことで言い争いをするが、相手を貶すことはしない。互いの思いを言葉にし、理解を求めるための行為だ。側で聞いていて心地よく感じることすらある。彼女たちは、怒っているときでさえかわいい。  小鳥たちは交代で雛の世話を焼いてくれているが、例外もあった。(あざみ)だ。小鳥たちの中で最も年若の彼女は、あやかしとしてはまだ子どもの部類であるらしい。彼女は雛の世話には加わらない。関心がない、あるいは嫌われている。そうした空気は肌で感じていたが、雛にとってむしろそちらの方が慣れ親しんだものだった。 今のように、誰からも優しくされていることの方がおかしなことなのだ。
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