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鷹と雛(一)[現在]
「──なぜ、鳥がこんなところにいる?」
槐の問いに、菖蒲は静かに口角を上げた。
「近くに用があったのでな。ついでに寄った」
蛇の無表情が、わずかに崩れる。
「寄るな。帰れ」
「儂を招いたのは、芹だぞ」
「芹?」
長机を挟んだ向こう側で、少年がびくっと肩を震わせた。確か年は十八だと聞いていたが、もう少し幼く見える。肌の白さや瞳の大きさが、少年というよりは少女のそれに近い。
「ちょうど茅萱さんからお菓子をいただいた後だったので、ご一緒にどうかなと……。だめ、でしたか」
「……いや」
槐は、この芹という名の少年に甘い。百年前の花嫁のときにも蛇が人を溺愛しているなどという噂が立ったものだが、あれは誤りだ。溺愛というのは、今目の前にある光景のことをいうのだろう。
「そういうわけだ。芹」
菖蒲が湯飲みを持ち上げると、芹はそれを受け取り二杯目の茶を注いだ。
「どうぞ」
普段であれば給仕は槐の従者である蛍の役目だが、この日は木蓮のところへの使いで不在だったらしい。若い男にしてはめずらしく、芹は茶を淹れるのが上手い。
「──飲んだら帰れよ」
愛想のない言葉を残し、槐はこちらに背を向けた。「夫」の後ろ姿を見て、芹がほんの少し困ったように笑う。
「僕が勝手をしたので、怒られてしまいました。巻き込んでしまってすみません」
「気にするな。あれの心が狭いだけのことだ」
そもそも、あんなもの怒られたうちに入らない。あれで怒られたと思うことこそ、この少年が溺愛されている証拠に他ならない。
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