鷹と雛(一)[現在]

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 人間の年を見分けるのは難しい。少なくとも、芹よりは下だろう。腕は折れそうなほどに細く、頬は多少ふっくらとしているが、不健康に白い。肩まである髪も、伸ばしているというよりはただ伸びてしまっただけに見える。  一見して、あやかしの食欲や情欲を煽るような姿形はしていない。だが、この子どもが「見える」人間であるならば、それだけで寄ってくるあやかしもいるに違いない。  木の根元に身体を預け、こちらを見つめている小さな生き物に、菖蒲は「おい」と声をかけた。  菖蒲の声に、ぴくりと肩が動く。見えているし、聞こえてもいる。やはり芹と同じ種類の人間だ。 「なぜ、人がここにいる?」  ただ迷い込んだというのなら、槐の屋敷にでも放り込んでやればいい。後はあの男が勝手に処理する。 「答えろ」  菖蒲の催促に応えて、小さな赤い唇が開いた。 「……神様?」  鈴の鳴るような、軽やかな声だった。 「違う。人ではないが、神でもない」 「そう、ですか」 「問いに答えろ。なぜここにいる?」 「お母さんに、言われたから」 「母に?」 「わたしがちゃんと人間かどうか、神様に見分けてもらう」 「は?」 「人間なら、おうちに帰れる。人間でなかったら、帰れない」 「もう少し、分かりやすく説明しろ」  菖蒲に子はなく、他のあやかしの子との接点もない。こんなにも話の通じない相手と話すのは久々で、新鮮ですらあった。  幾度かの質問と返答の応酬を経て、ようやく菖蒲は状況を理解した。 「──つまり、こういうことか。おまえがあやかし憑きかどうかを見分けるために、ここに来るよう言われて来たと」  微かな頷きが返る。動きのひとつひとつが、ひどく静かだった。  あやかしを視認できる人間は、三つに分類できるといわれている。あやかしを先祖に持ち、人外の力を受け継いだ「先祖返り」。神の声を聞くことができるとされる「巫女」。あやかしに取り憑かれた「あやかし憑き」。先祖返りとあやかし憑きは、器は人でありながら、あやかしの力を使うことができる。前者は生まれ持ったもので、後者は後天的なものだ。  日が落ちてから、神域の手前にあやかし憑きと思われる者を連れていく。()の者があやかし憑きであれば、あやかしのみが神域へと引き寄せられ、器を為していた人間から分離する。あやかしが取れ、ただの人に戻る。先祖返りと巫女には何も起きない。  一夜明け、無事に山から帰ってきた者は「人」として受け入れ、帰ってこなかった者については、あれは人ではない、「あやかし」だったのだと判断する──  そうした古いやりかたのあることは、菖蒲も知っていた。あやかしの存在を誰もが当たり前のように信じていた時代の話だ。
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