鷹と雛(一)[現在]

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「ふ、あ……っ?」  脇の下に手を入れて、持ち上げてみる。やはり、恐ろしく軽い。 「この細さでは、食うにも今ひとつだな。まず太らせてみるか」  正面から抱き上げて目線を合わせると、長い睫毛がぱちぱちと上下した。 「……あなたが食べるの?」 「さあな。どうせ捨て置かれる命なら、拾ってみるのも一興だ。食うかどうかは後々決めればいい」 「拾うの? わたしを?」 「ああ」  菖蒲は一旦子どもを地面に下ろし、近くの木から葉を一枚むしり取ると、鳥の形になるようにちぎった。息を吹きかければ、小さな緑の鳥が命を持つ。 「とりさん」  幼い声に、先程までのような暗さはなかった。驚き、好奇心、高揚。こんな声も出せるのだ。 「ああ。連絡用だ」  急に人を連れ帰ったのでは、屋敷の小鳥たちがざわつく。先に知らせておいた方が面倒が少ない。 「人間の子を連れ帰ると、『燕』に伝えてくれ。湯の用意もしておくようにと」  『燕』は小鳥たちの中でいちばんの年長者であり、まとめ役だ。彼女に任せておけば、他の鳥たちもあまり騒がずに済むだろう。 「行け」  木の葉の小鳥を空に放つ。小さな羽を羽ばたかせ、小鳥は菖蒲の屋敷へと飛び立っていった。 「さて、行くか」  再度、菖蒲は人の子と向き合った。一度拾うと決めてしまうと、厄介さよりも愉快さが勝る。まさか己が人を拾うことになるとは、ほんの数分前には思いもよらなかった。 「あの……」 「異論は受け付けない。もう、連れて帰ると決めたのでな」 「そう、じゃなくて。あの、お名前が……知りたい」 「──菖蒲だ」 「しょうぶ、さん」 「そうだ。おまえの名は?」 「……」  また、虚ろな瞳に戻る。さすがに名前がないということはないだろうから、気に入るものではなかったか、何か嫌な記憶でもあるのだろう。 「言いたくないならいい。儂が付けてやる」 「え?」 「そうだな……。『雛』でどうだ」 「ひな」 「嫌か?」 「……ううん、ひな、いいお名前」  目を細め、やわらかく笑う。子どもらしい、邪気のない笑顔だ。ほんのわずかな時間で、落ち込み、喜び、笑い。人というのは、かくも忙しい。
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