毒にいちゃん

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 半年はめまぐるしく過ぎていった。  日向の身辺はゆっくりと、だが高校入学当初と比べると確実に悪いほうへ変化していた。  あれからミサキと連絡が一切取れず、彼女が登校することもなかった。来年度は別の高校に転校すると風の噂で聞いた。  自分でも酷い男だと日向は思う。薄弱な愛情しか抱いていなかったのだろうか。連絡が取れなくとも先生に事情を聞いたり、直接ミサキの家を訪ねることだってできたのに、日向は自分から動こうとしなかった。  ケンヤとの関係もこじれてしまった。今まで隠していた身体の傷痕を偶然ケンヤに見られてしまってから、ケンヤはおかしくなっていた。  いや、それは日向の勝手な言い分である。  幼馴染のケンヤは当然日向と月翔との歪んだ関係に気づいていた。  ミサキの中絶事件以降、ケンヤは何度も警察に相談しようと日向を促した。日向は毎回理由をつけて断っていた。自分自身が傷だらけになっていく実感はあったが、警察沙汰にはしたくなかった。どこかで月翔を守りたかったのかもしれない。  ケンヤに好きだと告白されたときも、日向は揺るがなかった。  月翔の引っ越し前夜、珍しく母親が豪勢な料理を作り、父親が高級なケーキを買ってきた。  二十歳を越えたとはいえ、物件を借りるには保証人が要る。月翔は両親の機嫌が良いときを見計らって春になったら独立する旨を伝えた。初めは反対されたが、うまく言いくるめたらしい。 「月翔がいなくなると寂しくなるわ。たまの休みは帰ってくるのよ」  ケーキを切り分けながら母親が声をかける。 「心配いらないよ、母さん」  今まで見たことのない家族の団らん。  父親は寡黙だが表情は優しかった。月翔も笑顔だったから、日向もつられて笑顔になった。  ――引っ越しが終われば、本当の家族になれる。  その夜。日向は遠くない未来を夢見て眠りについた。  寝返りを打つと首の動きが制限された。  喉が締まる苦しさに、日向はゆっくりと目蓋を開ける。何度目覚めても変わらない、ベッドの上だけの世界。窓は常に閉ざされ、衣服すらも与えられていない。犬や猫のほうがまともな扱いを受けているだろう。  ――本当の家族になれる。そう信じていたのに……。  月翔の引っ越しから何日経ったのだろう。日向は一度も陽の光を浴びることなく、どこかに鎖で繋がれている。気づいたら眠っていて、夢と現実の境目すら曖昧になっていく。  目覚めるといつも暗闇だった。  人工の光が灯されるのは支配者がやってくるときだけだ。 「ただいま日向。良い子にしていたか?」 「……うん。僕は良い子だよ、にいちゃん」  ――そう、僕は良い子なんだ。にいちゃんのそばにいてあげる良い子なんだ。  いつから月翔の毒に侵されていたのだろうか。  思考が働く間、日向は何度も自問し、毎回答えを出せずにいた。  やがて考えること自体、放棄した。  考えたところで毒兄の支配から逃れられることなどできるはずない。  日向は全身の力を抜き、月翔の毒が全身に回るのを待った。  了
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